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2005年03月19日
ガリー・ベルティーニ追悼
昨日は夜遅くまでオフィスの引越しをしていてニュースに気づかなかったのだが、今日、ガリー・ベルティーニが急逝したのを知った。 言うまでもなく、現代最高のマーラー指揮者であり、10年ほど前のケルン放送交響楽団とのチクルス、そして都響とのチクルスは、 日本のマーラー演奏を画する演奏だった。
ベルティーニを最後に聴いたのは、昨年5月の都響プロムナード・コンサート。最後の曲はハイドンの「告別」、 そしてマーラーチクルスの交響曲第8・9番だった。高齢とはいえエネルギッシュな指揮姿、指揮台に向かう足取りの軽やかさ、・・・ 都響の音楽監督を離れるとはいえ、桂冠指揮者として都響に再登場することが予告されたので、まさかあの時の演奏が、 文字通りベルティーニとの別れの曲になるとは思っていなかった。かけがえにない指揮者を失った。
最後に、昨年、5月にマーラーの9番を聞いたときの感想を再掲して、追悼の言葉と代えたいと思います。 素晴らしい演奏を聞かせてくれたことに心から感謝しています。
惜別 ~ ベルティーニ&都響「マーラー 交響曲第9番」
マーラーの交響曲第9番という曲は、たぶん多くのクラシックファンにとって、特別の思い入れがある曲だろうと思う。作曲者自身の死生観が、
ここまで深く音楽化されている例が、他にあるだろうか?実際に、マーラーにとってこの曲は、
完成された最後の交響曲となったのは周知の通りである。この曲を聴いて「言霊」という言葉を思い出した。言葉には魂があって、
発した言葉が事実になるという意味だけれど、もし「音霊」という言葉があるとすれば、この曲ほど魂が込められている音楽は、
他にはないんじゃないだろうか・・・そう思った。
ライヴでの名演奏には、バーンスタインが1985年にイスラエル・フィルと来日した際の9番が伝説的な名演奏とされているけれど、
残念ながらその頃、私はまだクラシック音楽に目覚めていなかった。その後、グラモフォンから発売されたバーンスタイン&アムステルダム・
コンセルトヘボウ(ACO)とのライヴ録音が、私がこの曲を知るきっかけとなり、今なお、それが私の最上の演奏である。もちろん、
いくつものライヴ演奏も聴いてきた。若杉&都響やインバル&都響はもちろん、小澤」&サイトウキネン、井上&NJP、そしてベルティーニ&
ケルン放送響も聴いたけれど、残念ながらこのバーンスタイン&ACOの録音を上回るものはなかった。今日、ベルティーニ&都響のライヴを、
横浜みなとみらいホール聴いた。ベルティーニが都響の音楽監督としてタクトをとる最後の演奏会である。そして、この演奏を聴いて、
マーラーの9番で、初めて録音を超える実演というものに出会った。
チケットはソールドアウト。満員の聴衆を迎えたみなとみらいホールは満員。開演の時間となり、ベルティーニは大きな拍手で迎えられ、
3段重ねの指揮台に登る。ベルティーニは指揮台の上でしばし瞑想にふけり、会場の求心力は指揮台一点に集まる。
静寂の中でベルティーニがタクトを持つ。その動きに伴って音楽が奏でられる。その音が私の耳に届いた瞬間から、
すでに私の目頭は熱くなっていた。そうだ、これがマーラーの9番の音なんだ。これまでライヴ演奏で見つけることのできない音だったんだ・・・
そう思った。滋味深く優しい音色。人生の晩年を迎え、枯淡の域に達し、死を迎えるもののみが達し得る境地・・・・それが、
この優しく美しい音色の乗って奏でられる時をすーっと待っていたのかもしれない。
そして、この先の音楽をいかにして書こうか?正直言って、私自身のボキャブラリの貧困さと、また向き合わなければならない。しかし、
私がコンサートに通うようになって、これほど心動かされる演奏と出会ったのは何回目だろうか。
たぶん私の2,000回近いコンサート体験の中でも、ベストテンに加えるべき演奏だったことは間違いない。この曲は、
やはり第4楽章が山場である。この楽章の出来が、この曲の出来そのものを左右する。そして、今日の演奏は、
私が聴いたすべての曲のアダージョ楽章の中でも、最上のアダージョだった。死を迎え、惜別の情を伴いながら、
これまでの人生を振り返るかのような音楽。その調べから想像するに、充実した幸せな人生だったに違いない。まるで、
ベルティーニと都響のことを謡うかのように。
今日のベルティーニ&都響の演奏を聴いて、音楽の中には「音霊」がある、・・そう思った。「音霊」という言葉の是非はともかくとしても、
この会場にいた人の多くが涙を流し、惜別を惜しんだ。緊張感は全くとぎれることがなく、最後の音がホールの余韻となって消え去り、
静寂がホールを満たす。そして、何秒たっただろうか。大きな拍手がホールを支配する。ベルティーニは何度もカーテンコールに応え、
オーケストラとともに健闘を称え合う。本当に素晴らしい演奏だった。果たしてこの先、マーラーの交響曲第9番で、
これを超える演奏に出会えるだろうか?もし、願いが叶うのであれば、再びベルティーニと都響のコンビで聴きたいものである。
(04/05/30)
投稿者 kom : 2005年03月19日 10:50