新国立劇場(渋谷区本町)


 東京で始めての本格的な4面構造の舞台装置を備えた劇場。交通は都営新宿線から直接乗り入れをしている京王新線「初台」駅からすぐ。雨にぬれる心配もほとんどいらない距離なので、交通は至便といえるだろう。

 新国立劇場の隣にある東京オペラシティ・コンサートホールは「新宿区西新宿」、新国立劇場の住所は「渋谷区本町」。両方の建物は同じ街区にあるのに住所がぜんぜん違うのは、両者の間にある通路が新宿区と渋谷区の境界線になっているためである。駅は京王新線の「初台」駅下車1〜2分。建物は素晴らしく、立派である。エントランスから入り口に至るまでちょっと距離があるのが気になるけれど、広々としていて開放感がある。中庭にある池は無機質な感じなので、もう少し樹の緑が欲しい感じがしたけれど、幕間にはちょっとした息抜きが出来る。ホールの出迎えはサントリー・パブリシティ・サービスに委託された「シアター・アテンダント」だ。ローズウッド色の高級感溢れる落ち着いたホールは、客席は1806席(車椅子8席)。オペラハウスとしてはちょうど良い大きさだと思う。かなり大編成のオケにも対応できるオーケストラピット、速やかな舞台転換を約束する4面舞台は、実に素晴らしい。私は愛知県芸術文化センターのこけら落としのサヴァリッシュ指揮ミュンヘン・オペラによる「影のない女」を新幹線に乗って見に行ったけど、舞台機構が演出の可能性を大 きく広げることを実感した。あれと同様の舞台が東京に出来たのは、率直に嬉しいと思う。

 ヨーロッパの馬蹄形の劇場と違って、4階まである座席はのほとんどが舞台の方を向いているため、視覚が制限されることが少ないけれど、4階席には視覚上の問題がある席が集中している。4階サイドのバルコニー席は、後ろ(外側)の方になると前の人の頭が邪魔になって舞台の半分くらいしか見えない。4階正面1列目だと、手すりが視覚の邪魔になる。舞台に向かって横向きのバルコニーもあるけれど、ここも舞台が見にくい。つまり4階席だと、見やすい席は正面の3〜4列目と、バルコニーの一番内側の席だけ。4階の半分以上の座席は、視覚上、何らかの問題を抱えていることになる。わずか1800席の劇場なのに、2300席の東京文化会館以上にステージが見にくい席が多い。劇場の奥行きを縮めるために設計上のムリが生じているのではないか。それに輪をかけて問題なのは新国立劇場オペラの4階の座席割で、これもヒドイ。なんとD席(約6000円)よりもE席(約3000円)のほうがステージを見やすいだけではなく、D席とZ席(1500円)と比べた場合でもZ席の方が見やすい席がある。さすがに新国立劇場も問題アリと思ったらしく、2000年秋のシーズンから座席割を一部変更する予定である。

 視覚的にベストだと思われるのは2階席正面。たとえ最後列に座ったとしても、ホールそのものの奥行きが小さいため、距離感はあまり感じない。座席は横幅・前後とも十分なスペースが確保してあるので、長時間のオペラでも快適。音響も、高いレベルを獲得している。声楽をメインとしているため控えめな残響音、非常にクリアーで音のヌケも良い。傾向としては定評ある東京文化会館の音に近いが、容積が小さいので音の密度感が高く、細かいニュアンスもよく伝わってくる。音響的には、東京でもベストに近い劇場だろうと思う。

 開演を知らせる合図は、チャイムやブザーではなく、ホール内及びロビーの照明の点滅を行う。照明の故障と勘違いする人もいるみたいだけど、海外のホールで良く行われている方法だ。個人的には是非とも採用して欲しい方法だったので好ましい配慮だと思う。ただ点滅の周期が短すぎるかもしれない。さらに劇場内には舞台芸術をマルチメディアで紹介する「情報センター」や図書・資料が閲覧できる「資料室」、グッズを販売する売店、3階にはイタリアンレストラン「マエストロ」などがある。これらはチケットがなくても利用できる。総じて、ハードウエア的なレベルでは、非常に高い水準に達しているのは間違いない。問題は、この素晴らしい劇場に何を入れるか・・・ということ。この問題にはいささか悲観的にならざるを得ないのが悲しい。
 

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