Concert Diary in December

■文中の敬称は省略しています
■各タイトルの日付は、掲載日を表しています



マリオ・ブルネロ&紀尾井シンフォニエッタ東京

 NPO法人になってから初めて聴くKST。実は前回の定期は行くのを忘れてしまった私なのだが(^_^;)、その反省に基づき今回はきちんとスケジュールを手帳に書きとめて12月4日の金曜日の夜に四ッ谷駅に降り立った。今回の指揮は、チェリストで有名なマリオ・ブルネロで、KSTを振るのは今回が2回目。

 曲目は、レスピーギの「リュートのための古風な舞曲とアリア」第一組曲、アダージョと変奏(Vc:ブルネロ)、ソリマの「二つのチェロと弦楽のためのバラード」(Vc:ブルネロ&丸山泰雄)、後半はフォーレ「エレジー」(Vc:ブルネロ)とメンデルスゾーン交響曲第4番「イタリア」というもの。

 感想は、・・・全体に悪い演奏ではない。演奏家としてレベルの高い人たちが集まっているオケだけに、機能性の高さは感じるのだが、・・・正直言って、演奏全体の印象が薄いのである。スピーディな演奏のキレは良いし、音楽の縦の線もぴたりとあわせてくる。音色もそれなりに美しい。これだけ書くと良いこと尽くめなのだが、ワタシ的にはどうしても物足りなさを感じる。それは、ふわっとした空気感、音楽がもたらす癒し、あたたかさである。なんとも抽象的でとらえどころのない概念なのは、自分自身で書いていて良くわかっているのだが、この日の演奏に限らずKSTの演奏は機能性に偏重しているような気がしてならない。

 そんな中でソリマの「バラード」はジャズ的な要素もあって、とても面白く聞けたのだが、その他の曲は「きれいな曲だなぁ」という印象だけが残っている。これって何なんだろう? 私が感じた不満は、なんとなく背中を押され、急かされているような感覚なのかな。もしかしたら次回の定期で登場するゲルハルト・ボッセが、その答えを教えてくれそうな気がする。(03/12/06)



MUZA Kawasaki 〜川崎の新しいコンサートホール〜

 この20年の間、首都圏でいくつのコンサートホールがオープンしたんだろう。大ホールだけでも数えてみると、サントリー、オーチャード、芸術劇場、トリフォニー、かつしかシンフォニーヒルズ、オペラシティ、みなとみらい、所沢ミューズ、新国立劇場、横須賀芸術劇場、・・・もしかしたら、この他にもあるかもしれない。でも、いまからわずか20年前、首都圏のクラシック向けの大ホールといえば東京文化会館しかなかった時代があったのである。しかし、このコンサートホールが増えた分だけ、クラシックが盛況になっただろうか、そう考えるとちょっと疑問符をつけて考えざるを得ないけれど、来年にはさらに新たなコンサートホールが加わることになる。私が知る限り、首都圏のコンサートホール建設ラッシュは、この「MUZA Kawasaki」で一段落するハズである。

 川崎駅西口は、かつてはガラの悪い町として有名だったらしいけれど、今川崎駅周辺は大きく変貌を遂げている。その西口再開発の目玉が、このMUZA Kawasakiなのだ。名前のMUZAは「MUSIC」と「座」を合成した造語らしいけど、私は最初聞いたときは「MUSIC」と「PLAZA」の造語かと思った。いずれにしても「ミューザ」という語呂は悪くない。オフィス棟は、この12月にオープンすることが決まっているのだが、コンサートホールのオープンは来年7月1日。出し物は、このホールをフランチャイズとして活動することが決まっている東京交響楽団によるマーラーの交響曲第8番「千人の交響曲」が決まっている。指揮は、このホールのチーフ・アドバイザーの秋山和慶だ。この他にもピアニストの小川典子、オルガニストの松居直美もクラシック系のアドバイザーとして加わることが発表されている。

 上の写真は、今日の午後にホールのすぐ裏側にある35階建ての公団住宅の内覧のときに写したものだ。写真の左側の高い建物はこの12月にオープンするオフィスビル、右側の低い建物がコンサートホールだ。ちなみにこの公団住宅に住めばコンサートホールまで徒歩1分という近さだが、新規入居の申し込みは今日で締め切り。さすがに35階の最上階からの展望は素晴らしい!西には富士山や横浜ベイブリッジが一望できて開放感抜群。駅から近い割りに家賃は安いと言われているけど、・・・、やっぱ15〜20万円の家賃はつらいなぁ。

 さて、話をクラシックに戻して、東京交響楽団は事務所を川崎に移して、ここを本拠地にすることは決定済み。しかし名前は「東京」交響楽団のまま。すぐに川崎をメインにした演奏活動に移行できるはずはないけれど、徐々に地域に根ざした活動の比重を増やしていって欲しいものだ。そうでなければMUZA Kawasakiが単なる練習会場に成り下がってしまうし、川崎に移転する意味はない。東京には8つのプロ・オケがある。私はこれが過剰だとは思わないけれど、どうしても世間のクラシックファンからも「オケ、多すぎ」という意見が絶えないのは地域に根ざした活動が不足しているからではないかと思う。いずれはオケの名称に「川崎」の文字が入るようになってほしいと、かなりマジで願っている私なのだ。(03/12/08)



やっぱ室内楽だよね 〜ミケランジェロ・カルテットを聴く〜

 12月になって、ちょうど更新意欲が低下してきた(^_^;)。人はそんなに高いテンションをいつまでも維持できるものではないし、ましてや集中力が人並み以下の私にとっては尚更だ。そんなワケで、今年の音楽的な内容での更新は、・・・・たぶん、・・・・あと1回程度のハズである。まー、もうすぐ年末だから丁度よいでしょ。

 さて、12月10日の金曜日は、紀尾井ホールで行われたミケランジェロ・カルテットのコンサートに行ってきた。サブタイトルに「パブロ・カザルスに乾杯」とつけられたこのコンサートの主催はテレビマン・ユニオン。そう、この会社はカザルスホールのプロデューサーだった萩元晴彦氏が立ち上げた会社である。そして、このカルテットのヴィオラ奏者は今井信子。ミケランジェロ・カルテットとは、カザルスホール・アンサンブルの流れを汲むカルテットなのだ。場所は紀尾井ホールに移されたとはいえ、カザルスホールのファンだった私にとっては、注目のコンサートなのである。

 Vnにはミハエラ・マルティンとステファン・ピカール、Vaに今井信子、Vcにフランス・ヘルメルソンというメンバーで2002年に結成された「若い」カルテットだが、メンバーの年齢は決して若くはない。室内楽的経験が豊富なメンバーだけに、その演奏を聴いて結成後1年のカルテットだとは誰も思わないだろう。東京での初講演を聴いた感想は、これはもはや完成されたカルテットの熟成度なんじゃないだろうか。そう思った。

 曲目は、ハイドンSQ61番、ストラヴィンスキー「弦楽四重奏のための3つの小品」と「弦楽四重奏のためのコンチェルティーノ」、休憩後はベートーヴェンSQ7番「ラズモフスキー第1番」というもの。紀尾井ホールで弦楽四重奏を聴いたのは久しぶりだが、やっぱりカザルスホールよりも客席数、容積が大きいために、響きがだいぶ違う。おおざっぱに言うと、紀尾井ホールは、音が薄く、残響音が短め。ピアノには好適だと思うけど、弦楽だったらカザルスホールの方が良い音で楽しめそうである。

 そして演奏は?・・というと、一言でいえば「大人のカルテット」という感じ。奇をてらった表現などは微塵も感じさせず、4人の音がそれぞれぶつかり合うこともない。やや寒色系のしっとりした音色で調和がとれていて、熟成された赤ワインのような完成度を結成2年目のして獲得しているようである。ハイドンなんかは、もう少し面白味のある演奏でも良いのでは?と思うほどマジメな演奏だったのだが、「春の祭典」の弦楽四重奏版みたいなストラヴィンスキーの「コンチェルティーノ」なんかは程よい白熱度を感じさせてくれたけど、やっぱりこの日の演奏の白眉はベートーヴェン。まさに大人の演奏だ。若いカルテットにありがちな、機能性に走ることもなく、音色の美しさで押しとおすこともない。すべてにおいてバランスがとれていて、しっとりとした音色が魅力の演奏なのだ。アンコールのドヴォルザークSQ12番「アメリカ」第2楽章も含めて、愁いのある楽章が似合うカルテットの誕生である。

 こういう演奏を聴くと、やっぱ室内楽っていいよなぁ・・・としみじみ思う。願わくば、このカルテットを、カザルスホールで聴きたいものだ。(03/12/15)




苦手な作曲家 〜グシュルバウアー&読響〜

 今年の更新は「あと1回」などと書いておいて、コンサートのスケジュールを見たら一回分だけ忘れていたことに気がついた。それが15日にサントリーホールで開催された読響定期である。指揮はグシュルバウアーで、オール・シューマン・プログラム。ワタシ的には、シューベルト、モーツァルトと並んで苦手系の作曲家である。

 最初の「マンフレッド」序曲は、予想通りの爆睡モードに突入してしまったのだが、2曲目のピアノ協奏曲で覚醒した。その原因は、ソリストのシュテファン・ヴラダーが奏でるピアノの美しさ。最近、ピアノという楽器を久しく聞いていなかったような気がするけど、この人のピアノは実にキレイ。一つひとつの音が真珠のような上品な光沢を湛えていて、他の音符と混濁することのない純粋性を秘めている。そして、決してテクニックに走ることなく、叙情性を基本としたアプローチでシューマンの旋律を奏でるさまをみて、久しぶりにピアノ・リサイタルを聴いてみたいという気持ちにさせられた。アンコールのリストも素晴らしい演奏だったのだが、この人はコンチェルトよりもリサイタルで一層の実力が発揮されるタイプだろうと思う。

 後半のメインは交響曲第3番「ライン」。グシュルバウアーは、かなり情熱系の指揮者で、熱い演奏を聞かせるタイプだろうか。音楽の横の線を大切にして、オケの音を熱く響かせる。読響もそのタクトに良く応えて、ヴァイオリン奏者のボウイングなんか、いつもよりも情熱的に感じたほどである。こうやって聴くと、シューマンも意外といいじゃん!なんて思ったりして。苦手意識が克服されたとまでは言えないけど、そこそこ楽しめる演奏だったので満足。

 ただ読響定期特有(?)の客筋の悪さには参った。たぶん招待券の多さゆえの問題なのではないかと思うけど、演奏中にレジ袋みたいなものををガサガサさせる音がひっきりなしに聞こえたし、それとは別に「ライン」の第四楽章では演奏中にストロボをたいて写真を撮るヤツもいた始末である。客筋の悪さは今月の定期に限らないのだが、読響で改善しなければいけない一番のポイントが「招待券」ではないだろうか。こんな客筋の悪さが続くのであれば、いくら有名指揮者が登場する読響であっても定期会員継続を再考する人も多いのではいないだろうか。(03/12/16)




ベートーヴェンな一日 〜佐渡&NJPとブラネル&都響〜

 20日の土曜日はダブルヘッダーで、午後3時からトリフォニーで新日本フィル定期、午後午後6時からサントリーホールで都響定期という一日だった。いずれもベートーヴェンがメインに置かれたプログラムで、NJPは佐渡裕が指揮する「第九」、初来日のブラネルは7番である。佐渡裕は、テンポをぐっと落としてロマン派的な表現を取り入れたり、ダイナミックであざとい表現が目立つ。ある一部分だけを取り出せば美しいところもあったんだけど、全体的に見れば場当たり的で、統一感に欠いた演奏。私は好きじゃないタイプの演奏だなぁ。

 都響に初客演したブラネルは、いかにも英国紳士という感じのステージマナーの持ち主。演奏も礼儀正しいものだったが、音色の変化も乏しくいささか単調に過ぎる。それに先立ってシューマンのピアノ協奏曲が演奏されたけど、ソリストの梯のピアノは、意外とダイナミック。音色では先日の読響で客演したヴラダーの方が好みだけど、表現では梯の方が楽しめた。

 さて、今年のコンサートは、これでおしまい。今日=21日から南の島で過ごすのだが、現在、この文章は石垣空港行きの機内で打っている。今回は11泊12日の予定で、石垣、竹富、来間島などをゆっくり、のんびりと周る予定だ。八重山や宮古は、夏が一番のハイ・シーズンといわれているけど、冬も決して悪くない。東京との気温差が10度以上あって、東京だと5月か10月くらいの陽気に相当する過ごしやすい時期なのだ。ただし雨季に相当する時期なので、天気は良くない日が多い。

 八重山も宮古も、観光地化されすぎてしまったという声も聴くけど、やっぱり素晴らしいところだと思う。あのゆったりとした時間の流れ、都会とは違うのんびりとした空気感は、体験したものでなければわからないだろう。私はこの島々に魅せられてまだ一年だけど、この間、30日近くをこの島々で過ごすことになった。クリスマス、私の誕生日、そして正月が、もうすぐやってくる。(03/12/21)



何もしないという贅沢 〜南の島での過ごし方〜

 昨日の夕方から石垣島に来ている。昨夜は念願だった「やまもと」で焼肉を食べたんだが、相変わらず美味い。この店で食べるまで焼肉はコスト・パフォーマンスの悪い食べ物だと思っていたんだけど、ここの焼肉は安くて美味い。安いといっても国産牛肉だからそれなりの値段ではあるんだけど、東京の焼肉屋で並の肉を注文する値段で「特上肉」が出てくると思えば良い。ロース肉は昨年食べたときの方が美味しかったような気がしたけど、カルビは絶品。石垣島に来たら、石垣牛を絶対に味わうべし。今度はぜひステーキにチャレンジしたいが、さすがに値段が高そうだなぁ。

 そして今日22日は、石垣島市街地からバスに乗って40分ほどの川平湾に行ってきた。石垣島で一番有名なの景勝地である。昨年来たときには曇っていてイマイチだったんだけど、今年は日頃の行いが良いせいか、ご覧の写真の通り「晴れ」。たぶん雨季に相当する冬場に、これだけ晴れるのは珍しいのではないだろうか。おかげで汗ばむような陽気でTシャツ一枚でも大丈夫なくらい。日差しの強さは、サングラスが必要なくらいで、かなり日焼けしたかも。この海岸でゆっくり・・・ゆっくりと時間を過ごして、お昼に八重山そばと紅芋ソフトを食べて、帰ってきたのが今日一日の出来事なのである。それくらい、今日は何もしなかった。

 川平湾からの帰りのバスの中で運転手さんが流していたBGMはなぜかモーツァルトのピアノ協奏曲第23番。どうやらNHK FMだったらしいんだが、クラシックを流すバスというのも珍しい。バスのBGMの相場は演歌と決まっている(^_^;)。そして、帰ってきたらもう夕方。下の写真は、ホテルのベランダから見えた日没の光景である。私の石垣島での常宿・・とは言ってもまだ5泊目だけど・・・は、夕景もきれいなところだ。

 日が沈んで、沖縄料理でも食べようと思って、郷土料理の店「ゆうな」に行く。特別に美味しいという店ではないかもしれないけど、ゆったりしていて好きな店。ゴーヤ・チャンプルなどと生ビールを飲んでお腹いっぱい。あ〜、シアワセ〜。最近はストレスが多い仕事をしているんで、こういう何もしない時間というのは、なんて贅沢なんだろう、・・・つくづくそう思う。

 さて、明日からは石垣島をあとにして、さらに離島に行くことになるんで、更新は滞る可能性が「大」です。そんなワケで、ちょっと早いけれど皆さん、良いクリスマスをお迎えください・・・・と言っておこう。そういえば南の島のクリスマスって、なんか独特の雰囲気で面白いんだよね〜。この暖かいのに島の青年団の人がサンタの格好をして子どものいる家を周ったりして・・・。(03/12/22)



時間が止まる島〜竹富島

 23日は石垣島の中で行ったことのないところということで、午前中の空いていおる時間を使って八重山民俗園に行くことにした、。川平湾に行くのと同じ路線のバスの乗って20分ほど、9時過ぎに民俗園に到着。ここは石垣島内の民家を移築したりして、かつての八重山の人々の生活様式を再現するための施設だ。入館料500円払って園内に入ると、手入れに行き届いた古い赤瓦の家が目に入る。きれいな芝生、遠く湾を見下ろす高台にある櫓から見下ろす景色は、とても美しい。朝方は曇りがちだった天気も、晴れ間が広がって、昨日よりも暑いくらいの陽気になった。うーん、、気持ちいい!

 そして民家(牧志邸)からは、三線の響きが聞こえてくる。こういう雰囲気の中で聴く三線は格別だ。その響きに魅かれて、三線弾きの方と練習のやり方などのお話したり、繕い物をしていた方と沖縄の世間話をしているうちに「あっ!」という間に2時間が過ぎて、帰りのバスの時間が来てしまった。

 急いでバス停に行って、ターミナル行きのバスに乗り込み、港から近い「ゆうくぬみ」で野菜そばを食べる。そして市内を散策してから8月にもお世話になった「のはら荘」に電話の上、13時発、安栄観光の竹富島行きの船に乗る。竹富港に着いてしばらくするとのはら荘のおじいが乗った軽トラックのお迎えが到着。いつものワゴン車は、昨日車検に出してしまったので、軽トラックになってしまったそうだ。

 のはら荘に到着し、築80年を超える母屋の部屋に入る。ここに来ると、八重山のゆっくりした時間の流れが、さらに遅くなり、時計が止まったように感じられる。耳に入ってくるのは、心地よい風のざわめきだけ。部屋の畳の上に寝転がると、しばらくうたた寝をしたくなる。ZZZzzzz....。天気が良いので散歩に出かけて、赤瓦の家並みや、西桟橋、コンドイビーチなどを歩いて宿に戻る。日が沈む時間になると、もう一度、西桟橋に出かけたのだが、桟橋に座っているのはわずかに10人くらい。夏に来たときは桟橋に1mおきに人が座っていたような感じだったのだが、季節が変わると本当に静かになる。夕食の後は、のはら荘恒例の宴会。竹富時間を味わいたいのなら、ハイシーズンは外して旅をした方のがいいのかもしれない。

 翌24日は、のはら荘名物の鶏の鳴き声で目を覚ます。母屋を出て、空を見上げると雲ひとつない快晴。21日に石垣入りして以降、晴れの日が続いているけど、ここまで素晴らしく晴れたのは初めてだ。日の出前になごみの塔に登って、家並みを見渡す。今日は、クリスマス・イヴ。この天気は、最高のクリスマス・プレゼントだ。この日も、海岸線沿いを歩いたり、部屋でうたた寝をして時間を過ごす。何もしていないつもりなのだが、撮影した写真の枚数がスゴイ。JPEGではなかうRAWで撮影しているためファイル容量が巨大になってしまっているのも原因なのだが、旅の日程は始まったばかり。持ってきたコンピュータのハードディスクに収まるかどうかが心配だ。(03/12/24)



南の島のクリスマス〜竹富島から小浜島へ

 24日は世間的にはクリスマスイヴ。しかし竹富島にいると、クリスマスという実感がほとんどない。やはりクリスマス=冬のイベントという感覚が、誰にでもあると思うのだが、ここ竹富島にいる限りにおいて冬という感覚はほとんどない。テレビ番組で厚手のコートを着ているのをみても、どうにも別の世界の出来事のように感じられてしまうのである。

 しかし、竹富島にも確実にクリスマスはやってくる。24日ののはら荘の夕飯は豪勢な寄せ鍋(!)。海老やホタテ、ムール貝、鮭、鶏団子にふんだんの野菜を入れた特別メニューだ。そして夕食後の宴会では、大きなクリスマスケーキが登場し、スパークリングワインで乾杯! 昨晩、クリスマスだからケーキがいいなぁ・・・なんて冗談っぽく言ったら、ホントにケーキを買ってきてくれたのだ。感謝! さらに、大学で音楽史を教えているスイス出身のご夫妻も同宿していたんだけど、クリスマスのための手作りのお菓子を提供してくれたんだけど、みんな上品な味で、とても美味しい!そして 三線を弾いて歌って、午後11時までゆんたくしつつ、思い出に残る竹富島でのクリスマス・イヴは過ぎていきました。

 翌25日は、竹富島をあとにする日。みんなと記念写真を撮り、竹乃子でそばを食べて午後1時に宿を出発。こんな民宿に泊まると、あと一泊したくなる。安栄観光の船で石垣港に戻り、午後2時発の八重山観光フェリーで小浜島をめざす。桟橋から船に乗ると、あとからあとから人が乗ってくる。竹富行きの船は座席の2〜3割しか乗船していなかったのに、小浜島行きの船は7割程度は乗っているのではないだろうか。高速船で25分、小浜港に到着すると、港にはリゾートホテルの送迎用大型バスが何台も待機している。このような光景は、八重山の他の島では見られない小浜島だけの特徴だ。

 民宿からの送迎車に乗って宿に向かう。小浜島は坂が多い島で、集落はその高台にある。今夜の宿は「民宿みやら」。ワタシ的にはあまり興味はないけど、DA PUMPの宮良忍の実家としても有名らしいけど、評判では料理が美味しくて親切、そして部屋からの眺めが良いらしいということでこの宿を選んだ。他の民宿と違ってアパート形式の個室型で、トイレ・シャワーは共用の部屋が多いけど、八重山の民宿にしては施設面では充実しているほう。そして2階にある部屋からの眺めは素晴らしく、サトウキビ畑の向こうに広がる海も一望できるし、有名なシュガーロードも一部だけど見ることも出来る。さらに夜には石垣島の夜景も美しい。

 ただ、残念なことに、この日の午後から気温も低下した上に、空には雲が広がって、部屋からの眺めもいまひとつな印象。本来、八重山の冬は曇りや雨の日が多いので、これまでの天気が良すぎたと言えばその通りなのだが、やっぱり南の島にはお天道様が良く似合う。それでもせっかく来たんだからと思って、シュガーロード(写真 下)の入り口のあたりまで歩き、その勢いでこの島で最も高い標高99mの大岳(うふだき)に登った。この展望台からの眺めは素晴らしく、視界が360度広がって、八重山のほとんどの島を展望することが出来る。晴れていれば、きっと感動的な光景になったに違いない。

 夕食は午後7時から。女性が多い宿らしく、食事の量は八重山の宿の中では少なめ(←沖縄では食事量が多いので、「少なめ」くらいが丁度よい)だけど、味付けは上品で美味しい。クリスマス的なメニューはなかったけど、泡盛を片手に9時くらいまでゆんたくして就寝。明日は、もっと天気が悪くなりそう。(03/12/26)



八重山の冬〜小浜島にて

 26日は、朝から低い雲が空一面を覆っている。太陽は見えない。それだけではなく、風が強い。雨の心配は少ないものの、気象庁からも強風注意報と波浪注意報が出されていて、八重山に来て初めて「寒い」という感覚を覚えた。自宅から空港に向かうときに着た薄手のジャンパーを着て外出し、まずはシュガーロードを往復、そして民宿のある集落から40分ほど歩いて細崎(くばざき)に向かった。

 小浜島は、起伏があって、地形が変化に富んでいる。細崎に行く途中もいくつかの丘を越えていく感じになるのだが、風がめちゃくちゃ強い。オマケに途中でほとんど人に会うこともなく、追い越していくリゾートホテルのバスの乗客からの視線を痛いほど浴びて(^_^;)、細崎の港に到着。ここは「ちゅらさん」の出迎えや別れのシーンなどのロケで使われた港で、きっと晴れれば美しい港なんだろうけど、・・・・・とにかく風が強すぎ。怖くて防波堤も歩けないほどである。海人(うみんちゅ)公園のマンタの形をした展望台で缶コーヒーを飲み、港、海岸を見て周る。ここからは、目と鼻の先に西表島が見える。沖縄本島についで、沖縄県では二番目に大きい島だけに、ものすごく大きい島に見える。

 さらに40分歩いて集落に戻ると、そろそろお昼の時間。島の中では数少ない食堂の中のひとつ「シーサイド」で八重山そば(\450)を食べて、宿へ戻る。午後はどこへも出かけることもなく、昼寝をして撮影した写真の整理などを行った。とにかく、この曇り空と風では、どこにも出かける気分にはならない。

 昨日は、DA PUMPのファンらしき人は一人も泊まっていなかったけれど、今日は京都から来たという3人組の学生さんがファンらしい。食堂へ行くと写真集やアルバムを見て嬉しそうにしている。この宿の宿帳を見ると、女性が8割程度を占めていて、食事の量なども八重山の民宿としては少な目。でも、民宿としては整った宿なので、DA PUMP云々は抜きにしてオススメの宿のひとつ。夜は10時までゆんたく。同宿の海人くん(4歳)がメチャ面白くて、ついつい時間が過ぎてしまった。泡盛を飲みすぎて、部屋に帰ったら頭が痛くなった。(03/12/29)




エメラルドグリーンの海〜黒島にて

 27日は、雲の合間に青空も垣間見える天気。風も少しおさまって、気温も暖かくなった。もうジャンパーは要らない。朝食を食べて、9:45発の八重山観光フェリーで石垣島に向かう。出発前に海人くんと記念写真を撮り、港前でも車で送ってくれた宿のおかみさんと記念写真を撮って、船に乗った。25分で石垣港に到着。そこで同じ船で石垣島観光に来た3人組のDA PUMPファンの3人と別れを告げて、次の船まで時間つぶし。お土産を探して、本屋で三線の工工四を買って、ハーバーホテルの2階にある喫茶でカレーライスとコーヒーを注文(\500)。そして12:30の黒島行きの船に乗り込んだ。

 黒島までの船の所要時間は25分。海の色は、しばらく藍色の暗い水面だったが、黒島に近づくにつれてエメラルドグリーンの輝いてくる。これはもちろん水の色ではなくて海底の珊瑚の色なんだけど、黒島の海は美しい。本当にきれいだ。船が黒島港に着くと宿の仲田さんが出迎えてくれた。「お久しぶりです」の一言が嬉しかった。この民宿なかた荘は、7月末にも3泊した宿なのだ。ワゴン車に乗って宿に向かったんだけど、港から宿までの道の両側の森が切り倒されている。どうやら町が森を牧草地に変えて島民に払い下げるらしい。この島の牧畜がうまくいっている証左なのかもしれないけれど、この自然が破壊されているのには複雑な心境である。

 ほどなく宿に到着。築半年の宿は、手入れも行き届いていて、とてもきれいだ。荷物を置いたら、さっそく自転車を借りて、半年ぶりの黒島を一周した。相変わらず空には雲が多い。夏に来たとときよりも、人が少なく寂しい感じの仲本海岸。食堂の「はとみ」で野菜そば(\500)を食べてから、人が全くいない阿名泊海岸と伊古桟橋を周る。黒島港も人が少なく、シーズンオフの寂しい雰囲気が漂う。港前の怪しげな壁画が書かれた建物に、牛汁の店「南来(なんくる)」と書かれた看板が新しい程度だろうか。この島には仲本海岸以外に目玉となるような観光スポットはない。冬の黒島は、ただ、ひたすらゆったりと過ごすことを楽しめる人だけの島に変貌する。

 宿へ戻ると、仲田さん(妻)が台所から話しかけてきてくれて、「24日に竹富にいませんでしたか?」と問いかけられた。確かにその日は竹富島にいたのだが、どうやらその日はお客がいなかったので夫婦と友人で竹富島に遊びに行ったらしい。そこで水牛車に乗ったら、私が歩いているのを発見したのだが、水牛車に乗っていたので話しかけられなかったとのことだ。うーん、八重山は意外と狭いことに驚くと同時に、半年前にたった3泊しかしていない私をきちんと覚えていたことにびっくり。

 夕食を食べたら、泡盛の八重泉を片手にゆんたく。この宿は、東京出身の方の運営する宿だけに、ディープな八重山の雰囲気を味わうには少々物足りないかもしれないが、相部屋もなく、ゆっくりとくつろぎたいのなら、なかた荘は最高にオススメの宿だ。今回はたった一泊しか出来なかったことが心残り。翌28日は、朝食を食べたら自転車でみやき荘の清おばぁのあーさ海苔の佃煮(\500)を買い、仲本海岸と東筋(あがりすじ)あたりを一周。そして、この島でたった一軒しかないお店「たま商店」で手作りのサーターアンダギー(\200)を買って、宿に戻る。急いで荷造りをして港に向かう。10:35の八重山観光フェリーで石垣島に戻った。仲田さんは、船が見えなくなるまで手を振って見送ってくれた。

 年内の更新は、これで終了します。一年間、このホームページを読んでいただいて、どうもありがとうございました。私は今、来間島にいて、南の島で初めてお正月を迎えます。2004年がみなさんにとって良い年になりますように!(03/12/30)