新国立劇場
グルック「オルフェオとエウリディーチェ」

(文中の敬称は省略しています)

●2000/06/24 新国立劇場の今シーズンからの新機軸である「小劇場オペラシリーズ」の第1回公演で、五十嵐喜芳氏が書いたプログラムによると若手演出家育成に主眼を置いたシリーズとのことである。「オペラ史に埋もれた、眠っていた作品が演出によって生き生きと蘇り、新鮮な感動をもたらす舞台となりえることを私たちは経験から知っています」と書いていることから、レパートリーとなっている有名な演目ではなく、オペラ史に埋もれている作品の発掘もかねているようだ。新国ではこのシリーズを年3回のペースで継続していくとのことだが、ダテマエを読む限り、とっても良さげな企画である。この第1回目の公演は、グルックの「オルフェオとエウリディーチェ」は発売即売り切れとなったが、小劇場はBunkamuraシアターコクーンを一回り小さくしたような会場で、演劇をメインに考えているホールなので音響はデッドである。

 私もはじめて見聞きする演目なので、比較するべきものを持たないのだけれど、この上演を聴いて(見て)楽しめたかというと「否」と答えざるを得ない。まず岩田達示の演出なんだけど、私の理解力不足なのかもしれないのだが、何が言いたいのか良くわからなかった。第一幕最初の沈黙の中をさまようアモーレは何? 群集たちの背中の羽みたいなものは何? 精霊達の宮廷音楽家風の衣装の意味は? ラストシーンはエウリディーチェが竪琴に変身して蘇るようなシーンで幕が閉じるけどその意味は? もしかしたらすべてはオルフェオの妄想が創り出した幻影だった・・・というオチだったのかもしれないが・・・、なーんか意味ありげなんだけど、その真意が伝わってこないもどかしさを感じてしまった。

 ほとんど出ずっぱりのオルフェオを歌った栗林朋子は、頑張ったのはよく解るんだけど、オルフェオの苦悩と悲しみの描き分けが不十分で、オルフェオという人物像がきちんと描けていないのが残念。ズボン役としてなりきっていたのだけど、ここはやっぱり男性が歌ったほうがベターなような気がする。アモーレを歌った佐藤美枝子は、初めて聴いたのだけど、この小ホールでもかなり声が細く感じる。ポーカーフェイスなのは演出上の役作りだと思うのだが、この演目の狂言まわし的な位置付けが強調されても良かったのでは。エウリディーチェを歌った佐藤ひさらは、三人の中では声も演技も最も表情が豊かで良かったのだが、三人トータルで考えると聴いていて楽しめる水準には達していなかった。合唱も、小ホールで歌うと必要以上にばらつきが気になってしまう。佐藤正浩がタクトを取った12人の小オーケストラは、聴いていて不満は感じなかったけど、デッドなホールできれいに響かせる難しさも感じてしまった。

 この上演にどのくらいの予算と練習時間が与えられたのかは解らないけど、その結果はチト残念。客席の反応も芳しいものではなく、どちらかというとお義理的な拍手が支配的で、カーテンコールも1〜2回であっさり。今後に期待することにしよう。