ゲルギエフ指揮
ロッテルダム・フィルハーモニー管弦楽団

(文中の敬称は省略しています)

●2000/04/12 オランダのオケというとアムステルダム・コンセルトヘボウが圧倒的に有名である、メジャーオケがひしめくヨーロッパの中でも屈指の名門として知られているけど、その他のオランダのオケというと・・・・・ハッキリ言って影が薄いのが大方の印象ではないだろうか。今年は日本とオランダが交流40周年記念ということで、さまざまな記念行事が企画されているらしいけど、このロッテルダム・フィルの来日もその企画の一つ。同フィルの現在の首席指揮者は、ゲルちゃんの愛称で親しまれ、いまや人気絶頂のワレリー・ゲルギエフが勤めると聴けば、注目が集まろうというもの。ほとんど無名のオケにもかかわらず、東京芸術劇場の8割程度の客席がうまった。

 この日の演奏会を聴いて思ったのは、ゲルギエフという人はあ〜んまり様式感を気にしない指揮者なんだなぁ・・・ということ。特に音色に関してその傾向は顕著だと思う。キーロフ歌劇場の「カルメン」や「オテロ」「運命の力」「さまよえるオランダ人」なんて、いわゆる伝統的な様式感からかなり離れた演奏で、特に音色は何を演奏してもキーロフ的に染まってしまって、あまり褒められる演奏には仕上がらなかった。このロッテルダム・フィルでも、曲目を選べばもっともっといい演奏に仕上がりそうなのに、あえてその対極的な曲目を選んでくるあたりにゲルギエフ独特の音楽観を感じてしまった。

 というのは、ロッテルダム・フィルの音色は柔らかくて暖色系。音のエッジがまるくて、ソフトな雰囲気が漂う。そーゆーオケが「運命」を演奏しても、この曲独特の厳しさや険しさが後退してしまい、推進力は減退してしまう。きっと「田園」だったら、ほのぼのとしたいい演奏に仕上がったんだろうけど、なんで5番を選んだんだろう。たしかにゲルちゃんには、「田園」というイメージは合わないけどねぇ・・・。でもゲルちゃんのテンポや呼吸感は、意外とまっとうなアプローチだったんで驚いた。とくに最初の運命の動機は、私好みの音運びだった。

 そしてプロコフィエフだけど。これは「運命」以上に音色的にミスマッチが明らか。オケの機能的には、東京のトップレベルのオケに匹敵する技量はあるから、破綻のない演奏を繰り広げるんだけど、プロコ独特の透明感とか研ぎ澄まされた音のエッジの鋭さ、アタックの鋭さが感じられない。最終楽章は、怒涛の推進力で押し切って興奮を感じさせてくれたけど、曲全体の評価としては今ひとつ、いや今ふたつと言ったところか。今度のサントリーホールの公演はドビュッシーとベルリオーズのプログラムだけど、う〜ん、これもどうかなぁ。期待して良いのやら悪いのやら・・・。