新国立劇場
松村禎三「沈黙」

(文中の敬称は省略しています)

●2000/03/18 新国立劇場はこれまで上演した国産オペラは團伊玖磨「建-TAKERU-」と原嘉喜子「罪と罰」の2本のオペラを委嘱し、上演してきたが、いずれのオペラもハズレだった。長い年月の試練を生き残ったオペラと新作初演のオペラを同次元で比較するのは少々無理があるのだろうけど、現代オペラを創ること、見ることの難しさを感じずにはいられない。その新国立劇場が、新作ではない国産オペラを初めて上演するに際し、選ばれたのが遠藤周作の原作、松村禎三が作曲した「沈黙」である。1993年に日生劇場で初演、95年にも再演され、高い評価を得ているオペラだ。17世紀前半の長崎を舞台に、キリスト教布教のためにやってきたロドリゴ神父が、きびしいキリシタン弾圧に苦しめられる信徒のために神に祈るが、神は沈黙するのみ。絶望したロドリゴは、信徒を助けるために踏絵に足をかけるというストーリーである。テーマは重く、壮絶な拷問や処刑シーンなどが盛り込まれたこのオペラは、決してオモシロイ作品ではない。しかし、20世紀オペラの傑作の多くがそうであるように、極限まで追い込まれた人間性をいかに表現するかが焦点となっているオペラである。

ロドリゴ 大野 徹也
フェレイラ 久保 和範
ヴァリニャーノ 宇野 徹哉
キチジロー 蓮井 求道
モキチ 吉田 浩之
オハル 斉田 正子
合唱 新国立劇場合唱団
二期会合唱団
ひばり児童合唱団
指揮 星出 豊
管弦楽 東京交響楽団
演出 中村 敬一

 この「沈黙」は全2幕、正味2時間半のオペラなんだが、見終わってみて思ったのは、覚悟はしていたけどやっぱり重いオペラであるということ。終演後もしばらくの静寂の後に拍手が始まったんぼいだけど、フツーのオペラが終わったあとと明らかに雰囲気が違う。このオペラの重いテーマに共感できなかった人もいたとは思うんだけど、私は終幕の「信徒を救うための棄教」か「キリストを信仰」するかの究極の選択を迫られるロドリゴの熱唱に、自分を重ねて考えてしまった。このような事は、一昨年のサイトウキネンの「カルメル会修道女の対話」を見終わった後の思いに似ている。このロドリゴは、最初から最後まで出ずっぱりと言っても良いくらい出番の多い役柄で、相当の難役である。この役柄がこのオペラの出来に直結するのだが、テノールの大野徹哉は素晴らしい出来栄えでこのオペラの屋台骨を支えた。誠実で真面目な神父を演出する柔らかい声と、神の沈黙に苦悩する演技力は、感動的ですらある。

 他の役柄も充実。合唱団も素晴らしく、中村敬一による演出の意図もきちんと行き届いていて、演劇的にも高い水準だったと思う。ただし歌手にはほとんど例外なくPAによる拡声が入れられてたのが残念で、特に斉田正子演じるオハルのアリアのPAは明らかに行き過ぎ。肉声よりもスピーカーから流れてくる音量の方が大きく、極めて聞き苦しかった。管弦楽は、現代音楽を得意とする東京交響楽団らしくキッチリしたものだったし、日本オペラを得意とする星出豊のタクトとともに充実した音楽を聴かせてくれたと思う。

 初めて聴いたオペラなのだが、音楽的にはレチタティーヴォがほとんどで、セリフを交えて演劇的に舞台は進んでいくのだが、ところどころにアリアや重唱もあり、管弦楽も登場人物の心理を巧みに表現しているあたり、完成度の高いオペラだと思う。旋律が欠落した現代オペラにありがちな「聴きにくさ」とは明らかに一線を画していて、音楽的にも充実した内容だ。少なくともこれまでに見聞きした日本のオペラの中では最も優れた作品だろうと思った。是非とも再演を重ねて欲しいオペラである。