新国立劇場
モーツァルト「ドン・ジョバンニ」

(文中の敬称は省略しています)

●2000/01/16 今年最初の新国立劇場のオペラは、ウィーン国立歌劇場との共同制作となったモーツァルト「ドン・ジョバンニ」である。すでにウィーンではムーティの指揮のもとで昨年6月ににプレミエを終えているのだが、レポレッロがウィーンの舞台と同じキャストとなったほかは、まったく別の歌手が登場する。複雑なキャストの組み合わせで「有名」な新国立歌劇場だけど、今回は完全なシングル・キャスト。タイトルロールのミケーレ・ペルトゥージの降板・変更があったものの、この初日以降の公演もすべて同じキャストで上演される。

ドン・ジョバンニ ナターレ・デ・カルロス
騎士長 妻屋 秀和
レポレッロ イルデブランド・ダルカンジェロ
ドンナ・アンナ ユリア・イザレフ
ドン・オッターヴィオ グレゴリー・クンデ
ドンナ・エルヴィーラ パメラ・コバーン
マゼット 稲垣 俊也
ツェルリーナ 高橋 薫子
管弦楽 アッシャー・フィッシュ指揮 東京交響楽団
演  出 ロベルト・デ・シモーネ

 この「名曲」の誉れ高い「ドン・ジョバンニ」だけど、日本では上演の機会が意外と乏しく、私が見たことがあるのは92年にロイヤル・オペラが来日したときのベルナルド・ハイティング指揮&ヨハネス・シャーフ演出の時と、91年に日生劇場でやった日本語上演のときくらいである。CDもあまり聴かない私にとって「ドンジョバンニ」はあまり馴染みのない演目なので、音楽的にも演出的にも他との比較がしにくい。と、いうことなので、今回の公演はいつも以上にワケのワカラン感想になってしまう可能性がある。

 さて、今回の新演出はイタリアのロベルト・デ・シモーネの意図は以下のようなものらしい。『4世紀にわたる時の経過kの中にドン・ジョバンニを置き、タイム・トラベルを通してドラマを語ることだ。発端の騎士長殺害のシーンは16世紀、ドンナ・エルヴィーラが現れるのは17世紀だ。ツェルリーナは典型的なナポリ派オペラの登場人物であり、第1幕のフィナーレは「自由万歳!」のフランス革命で、時代は18世紀に移動する。第2幕の墓場のシーンはロマン主義的な雰囲気の濃い19世紀で、最後の、騎士長を招待するバンケットで20世紀に到達する。ジョバンニの地獄落ちはモノクロ無声映画であり、彼の死とともにすべての色が失せてしまう』 (公演プログラムP32、山崎睦) とはいっても、この演出意図がうまくいっているかどうかは疑問で、ワタシ的にはこの時代の推移を通じて何を言いたかったのかはさっぱり解らなかった。舞台装置は質感が高くて立派だけど、すべてのシーンを通して基本的に同じモノが用いられていて、せっかくの新国立劇場の舞台機構もぜーんぜん使っていないし、そこから時代の推移を感じ取ることは難しい。反面、衣替えは大変多くて、時代の推移にしたがって衣装が変わる。この衣装が大変に豪華で、これだけでも目を楽しませてくれるんだけど、衣替えが多すぎて、ステージから遠い席だと服装で登場人物を判断する人もいるから、初めてこの演目を見た人だと違う登場人物なのかと勘違いしかねない。この演出は、まだ一回見ただけだけど、その限りではあまり好きな系統の演出ではない。

 歌手は、傑出した人がいない代わりにバランスが取れた布陣だったと思う。その中でも大健闘していたのが、ツェルリーナを歌った高橋薫子。伸びがあって艶やか、表現力が豊かで可愛らしい歌いまわしは、このキャストの中でもキラリと光っていたし、「ぶってよムゼッタ」が終わってからの拍手とブラボーは、この日一番の大きさだった。急遽、タイトルロールを歌うことになったカルロスも、知性的な声でジョバンニを演じていたし、レポレッロのダルカンジェロも演技達者。オッターヴィオのクンデは、歌い回しにちょっとたどたどしさが感じられるものの、甘い声が魅力のテノール。パメラ・コバーンの声が、今ひとつ響いてこなかったのが残念だったけど、イザレフの声はコントロールが利いていて、表現の幅の広さが光った。騎士長も、結構、立派な声でラストシーンを盛り上げた。このオペラは、傑出した歌手がリードするオペラというよりは、バランスが取れた歌手陣によるアンサンブルで聴かせてくれた方が良い結果になると思っているので、その意味ではかなり次元の高い配役といえる。フィッシュ指揮の東京交響楽団は、堅実かつ安定したな演奏でサポート。弦楽器の艶とか管楽器の音色という点では、もっと求めるべきものはあるけれど、音楽的な意味で大きな不満は感じなかった。

 午後3時に始まった公演が終わったのが、午後6時半。ウルサ方が多くあつまる初日にもかかわらず、終演後にはブラボーと大きな拍手に包まれて、カーテンコールも長く続いた。ワタシ的には、音楽的にはそれなりの水準の高さは感じたけど、演出意図と舞台上での結果に関連性が感じられないの演出には大きな不満を感じてしまった。おまけに座席がひどくて前の人が身を乗り出すとステージ真中付近がぜんぜん見えなくなる席だったものだから、余計に不満がたまってしまった。なんで新国立劇場の座席割は、D席よりE席のほうが見やすいのか? そんな訳で、トータルでは「やや不満」と言ったところである。

 なお余談かもしれないけど、この当日に配布された「新国立劇場オペラ・バレエ年間カレンダー2000-2001」の中に掲載されている「座席と料金」のところを見ると、9月以降の公演は席種による座席割が若干変更されるみたいである。これで4階の滅茶苦茶な座席割は少しは解消されるかもしれないが・・・・でも、わずか1600座席の劇場なのに、なんでこんなに見難い席が多いんだ!