新国立劇場
プロコフィエフ「シンデレラ」

(文中の敬称は省略しています)

●1999/12/10 新国立劇場の主催公演を見に行って、このホームページを通じて私はいつも文句ばかり言っていたような気がする。「あー、何のために新国まで足を運んでいるんだろう・・」と思うことがほとんどで、これまでは満足度の低い公演ばかりだった。しかし、この「シンデレラ」だけは、文句のつけようのない上演である。音楽とバレエが高い次元でバランスがとれていて、少なくとも私が見た国産バレエの中では最上質の内容であることは断言していい。

シンデレラ 吉田 都
王子 小嶋 直也
義理の姉 マシモ・アクリ
篠原 聖一
仙女 大森 結城
振付指導 マリン・ソワーズ・ワット
舞台美術・衣装 デヴィット・ウォーカー
指揮者 ジョン・ランチベリー
管弦楽 東京フィルハーモニー交響楽団

 この日は「シンデレラ」の楽日だったけど、トリプルキャストのシンデレラの中で最も人気が高い英国ロイヤルバレエのプリマ・吉田都が登場するということもあって、チケットは売り切れとなり会場は満員となった。そして今回の上演は、英国ロイヤルバレエを中心に上演されている「アシュトン版」を採用したのも特徴である。これまではロシアのキーロフ・バレエから人材を招いての上演が多かった新国立劇場だけど、英国スタイルを導入するのは初めて。振り付けはアシュトン版に精通しているマリン・ソワーズ・ワットを招聘。衣装、舞台装置、指揮者も英国ロイヤルで経験が豊富な人材を招いての本格的な上演である。

 ロイヤル・バレエは、演劇の国イギリスを代表するバレエ団だけに演劇性を重視した上演が多く、テクニックを重視し時としてアクロバチックなバレエを見せるボリショイ・バレエとは好対象なスタイルである。技巧を重視したバレエだと、しばしばそのテクニックによって音楽のテンポが歪められることがあるけど、アシュトン版やマクミラン版のように演劇性を重視した上演の場合は音楽が歪められることが少なく、オケと指揮者次第でバレエ音楽本来の楽しみを味わうことも可能だ。その意味では、プロコフィエフのバレエ音楽を十二分に楽しむことが出来た。ロンドン生まれの名バレエ指揮者ランチベリーのタクトと、ピットに入ったら随一のオケ=東フィルから生み出される音楽は、テンポも自然で、各パートの音がきれいに分離して鋭角的なもの。プロコのバレエ音楽というと「ロミオとジュリエット」しか知らない人も多いと思うけど、この「シンデレラ」も「ロミ・ジュリ」に肉薄する内容を持った音楽であることが十二分に伝わってくる演奏である。

 次にバレエの方だが、こちらも充実。「シンデレラ」はキエフバレエで2回ほど見たことがあるけど、アシュトン版は初めてである。本場のアシュトン版と比べての良し悪しは解らないけど、この日の舞台を見る限りでは十二分に楽しめる内容だ。ロイヤルのプリマ=吉田都にとっては、アシュトン版を理解しきっているはずだし、その他のバレリーナもコミカルで訓練が行き届いた舞台を見せてくれた。コールド・バレエがキレイに揃っているという点では、本場ロイヤルよりもきっと巧いに違いない。ただ、一人ひとりの表情がもっと豊かで生きいきとしていれば、もっと素晴らしい舞台に仕上がっただろう。小嶋直哉の王子も踊りの点では巧いんだけど、表情が伝わってこない。その反面、この舞台の面白さの生命線とも言うべき義理の姉たちのコミカルさは、Very Good。吉田都も小柄な体がシンデレラとよく似合っていて、アシュトン版との愛称のよさを伺わせる。

 カーテンコールも大いに盛り上がっったし、私自身もとても楽しませてもらった。オペラ部門の体たらくに比べて、新国立劇場のバレエ部門はだんだん良くなって行くのが実感できる。少なくとも東フィルを起用している新国立劇場バレエは、音楽的にも楽しめる唯一のバレエ公演といっていい。今度は是非、マクミラン版で「ロミオとジュリエット」でも上演して欲しい。