新国立劇場
プッチーニ「マノン・レスコー」

(文中の敬称は省略しています)

●1999/11/06&14 「マノン・レスコー」は、プッチーニの出世作であるにもかかわらず、意外と上演回数が少ない作品だ。たぶん日本国内では1991年に小澤=NJPのヘネシー・オペラのプロダクションで上演されたのが最新の上演ではないだろうか。音楽的には十二分に美しいと思うし、オペラの素材としても好適だと思うんだけど、プッチーニのオペラの中では人気がイマイチなのはストーリーに連続性がないためだろうか。各幕の間で物語が省略されている部分があるので、事前に把握しておかないとストーリーの展開がわかりにくい。これはアヴェ・プレヴォーの原作を台本化する際に生じた問題であって、プッチーニの問題点とは必ずしも言い切れないとは思うけど、個人的にはとても好きなオペラのひとつで、「演目的」にはとても楽しみにしていた上演である。今回はキャストを変えて、2回の上演を見に行くことにした。

11/6 11/14
マノン・レスコー ジョヴァンナ・カゾッラ
デ・グリュー キール・オルセン ニコラ・マルティヌッチ
レスコー ロベルト・デ・カンディア 直野 資
ジェロント 池田 直樹 山田 祥雄
エドモンド 市川 和彦 中鉢 聡
管弦楽 菊地 彦典 指揮
東京フィルハーモニー交響楽団
演出 ピエールフランチェスコ・マエストリーニ

  まず演出について。マエストリーニは「セヴィリアの理髪師」に続いて新国立劇場2本目の演出である。良くも悪くも「藤原歌劇団」主導の上演らしく、オーソドックスな演出である。脈絡の繋がらない台本の欠点を補うために、各幕の前奏曲の時に字幕スーパーを使って原作の引用を行ってストーリーの補完をしていたのは効果的で、その際に併用されたスライドも好感が持てる内容だった。舞台装置はまぁまぁ。決して豪華とはいえないけど、第1-2幕は淡い色彩感が美しかったし、第2幕の調度もそこそこの豪華さ。しかし第4幕の砂漠のシーンは岩山の作りも安っぽく、砂漠にしては狭苦しく、私が抱いていたイメージと違ったのが残念。前半は緊迫感に欠けていたけれど、演出全体をみればまあまあ。少なくとも先日の「仮面舞踊会」よりは、遥かに良かった。

 しかし初日の上演は酷いもので、その最大に原因はデ・グリューを歌ったキール・オルセンによるもの。第1幕はメチャクチャにひどくて、とてもマトモに聴ける水準ではなかった。音程は外れるし、高音はどん詰まりだし、鼻声のように抜けきらない声は不快のひとこと。幕が進むにつれて改善されて、第4幕にはどうにか聴けるレベルにはなったものの、オルセンが全体の水準を大きく引き下げたことは疑う余地がない。オルセンは不調だったのか、それとも超スロー・スターターなのかも知れないが、それにしても第1幕はひどすぎた。それに加えてマノンを歌ったカゾッラも最初は声が暖まっていなかったらしく全く緊迫感のない第1幕となってしまった。オペラで途中で帰りたくなることは滅多にないんだけど、この日ばかりはマジで帰りたくなった。なんとか我慢して聴きつづけて、尻上がりに調子が良くなって、なんとかかんとか最後まで持ちこたえたけど、初日の水準はマトモに評価できるレベルに達していなかった。カーテンコールも、ブーイングこそ目立たなかったが実に冷淡なもの。

 そして楽日の公演は、タイトルロールを除いてすべて入れ替わったキャスト。結論から言うとこの日のレベルは、初日よりは大きく向上していた。初日との大きな違いは、デ・グリューを歌ったマルティヌッチ。一部では不調が伝えられていたんだけど、この日の声を聴く限りでは、そんなことは感じさせない歌唱で、やわらかく表現力が豊かな声がこの日の舞台を牽引した。第1幕ではオケとの噛み合わせが悪く、手前勝手な歌いまわしが目立ったのが残念だったけど、全体からみると美点のほうが上回ったように思う。マノンを歌ったカゾッラも初日を大きく上回る出来栄えで、ケを突き抜けてくる声には大きな魅力を感じる。ただし、悲劇的なところや「影」の表現には長けているようなんだけど、イマイチ華やかさに欠ける彼女がマノンに適役かどうかは疑問。男から男に渡り歩く気まぐれや、男を惹きつけてやまない魅力を表現出来ないと、マノンとしての共感がもてないし、ストーリーに説得力が出てこない。そんな中でも良かったのが第4幕の砂漠で死を迎えるシーン。悲劇的な表現は迫真のものを感じた。その他のキャスト(・・・と十派一絡げにするのは失礼かもしれないが、)両日ともまぁまぁの水準。演技力では不満を感じたけど、歌的には大きな不満は感じなかった。菊地彦典=東京フィルは、両日とも相変わらずの高水準。菊池らしい濃い目の表現で、マノン・レスコーのロマンチックなところを強調した管弦楽で、さらに音色の豊かさは特筆すべきだろう。

 最終日にはなんとか良くなって、第3-4幕は納得できる舞台となった。カーテンコールでもなかなかの盛り上がりを見せたけど、どう考えても諸手を上げて賛美できるような内容ではない。このように役柄になりきれない歌手を集めた緊迫感のない舞台では、従来の藤原歌劇団の悪さを引きずっているとしか言いようがない。新国立劇場になった以上、従来を上回る水準を見せる義務と責任がある。その意味では、新国立劇場は、まだまだである。