プラハ国民歌劇場
ドヴォルザーク「ルサルカ」&
ヤナーチェク「イエヌーファ」

(文中の敬称は省略しています)

●1999/10/21 決して世界的にメジャーな歌劇場ではないけれど、ドヴォルザーク「ルサルカ」とヤナーチェク「イエヌーファ」という滅多に見ることの出来ない演目を携えての来日公演と言うことで、両演目のチケットを購入した。この「ルサルカ」に関しては知らない歌手ばかりで、だれがAキャストで、どの日がBキャストかも解らないという状況。会場となった新国立劇場はわずか1600座席程度の収容人員なので、9割以上は入っていたけど、今年がメジャーなオペラ・ハウスの来日と重なっていたりとかしたら、客の入りはぜんぜん違っていたかもしれない。

王子 ヴァレンティン・プロラート
外国の王女 アンダ=ルイゼ・ボグザ
水の精ルサルカ ラリサ・テトゥーエフ
年老いた水の精 ミロスラフ・ポットスカルスキー
魔女 マルタ・ベニャチコヴァー
森の番人 ヤン・イェジェック
皿洗いの少年 アリチェ・ランドヴァー
3人の森の妖精 ティトカ・スヴォボドヴァー
パヴラ・アウニツカー
ミロスラヴァ・ヴォルコヴァー
管弦楽 イルジー・ビエロフラーヴェク指揮
プラハ国民歌劇場管弦楽団
演出 アンナ・ヴァニャコヴァー

 この演目のストーリーは、人間の王子を愛してしまった水の精ルサルカの悲恋を描いたもの。「3人の森の妖精」=「ラインの乙女@ラインの黄金」みたいに、登場人物のほとんどがワーグナーのオペラに登場しそうな位置付けなのが面白いが、それはともかく、叙情的な音楽がベースになっていてメルヘンの世界を表現している。しかし、ドヴォルザークの交響曲の8番や「新世界」といった名旋律をイメージしてこのオペラに向き合うと、ギャップを感じること間違いなし。はっきり言ってドヴォルザークの音楽的才能が、このオペラの中で開花しているとは思えない。チェコの人が聴くと評価が違うのかもしれないけど、少なくとも今日の日本ではあまり面白い音楽だと思わない人が多いんじゃないだろうか。

 音楽的にもイマイチだけど、演出的にも問題が大きい。おとぎ話的なメルヘンの世界を表そうとしているのは解るんだけど、舞台装置はメチャ簡素。正面から見ると違うのかもしれないけど、私が座った4階バルコニーから見ると、メルヘン的な雰囲気よりも安っぽさのほうが強調されてしまう。そして、舞台上の動きがあまりにも平板で緊迫感がない。音楽の盛り上がりと舞台上の動きの不一致が目立って、なんか舞台全体がチグハグなのだ。歌手も総じてビジュアル面から選んだみたいで、バレリーナはもちろん、妖精にも美しい歌手が登場するのだけど、歌手としてインパクトのある人がいない。休憩時間を入れれば3時間を超える上演だったけど、収穫に乏しいオペラだった。今後、まず観ることの出来ない演目を観ることが出来たというだけで良しとするべきか。


●99/10/22 「イエヌーファ」は20世紀オペラの傑作といわれる演目でありながら、日本では滅多に上演されない作品である。チェコ語という言葉の壁が大きいのか、日本で原語上演されたのは98年3月に東フィル・オペラコンチェルタンテくらいだろうと思う。ところが、この日のタイトルロールを歌うベニチェコヴァーは、この役を歌うのはちょうど千回目!となる記念公演とのことで、開演前には劇場支配人から挨拶があった。千回というと、週に一回歌ったとしても、20年はかかる計算だけど、それ以上に驚くには「イエヌーファ」が千回以上も上演されたメジャーな演目であること。きっとチェコでの「イエヌーファ」は、最も誇るべき演目なんだろう。

ブリヤ家のおばあさん リプシェ・マーロヴァー
ラツァ ペテル・ドヴォルスキー
シュテヴァ ミロスラフ・ドヴォルスキー
コステルニチカ インジシュカ・ライネロヴァー
イエヌーファ ガブリエラ・ベニチェコヴァー
粉屋の番頭 イルジー・スルジェンコ
村長 アントニン・シュヴォルツ
村長夫人 バニエラ・ショウノヴァー
カロルカ アリツェ・ランドヴァー
羊飼いの女 パヴラ・アウニツカー
バレナ ヤナ・ヨナーショヴァー
ヤノ マルチナ・バウエロヴァー
管弦楽 イルジー・ビエロフラーヴェク指揮
プラハ国民歌劇場管弦楽団
演出 ヨゼク・プルーデク

 結論から言うと、「イエヌーファ」は素晴らしかった。昨日の「ルサルカ」は何だったのか・・・と思うほどの内容で、素晴らしい歌手、緊迫感のある演出、劇的な管弦楽と、三拍子揃った上演で、たぶん「イエヌーファ」という演目に関しては、この先これ以上の上演を日本国内で見ることは難しいのではないだろうか、と思うほど素晴らしかった。

 この上演の最も良かった点は、劇的緊迫度の高さに尽きるのではないか。新国立劇場の「仮面舞踊会」のような弛緩しきった演出とは雲泥の差で、歌手、合唱、管弦楽のすべてにおいて緊張感の高さが貫かれている。舞台装置は「ルサルカ」同様、簡素の一言だし、傑出したネームバリューの歌手はいないけれど、バランスは極めて高い次元でとれていて、歌唱のみならず演劇的な動きにおいても迫真の演技をみてとれる。その中でも特に良かったのはコステルニチカ(イエヌーファの継母)を歌ったライネロヴァー。イエヌーファのことを思うあまり、彼女の子供を殺してしまう心理やその後の慙愧の念が、歌唱と演技を通じて痛いほど伝わってきた。カーテンコールでも一番の拍手を集めていたのも当然の内容。ついで、この公演が千回目のイエヌーファとなったベニチェコヴァー。この役を演じるには声に年齢を感じてしまうけど、さすがにイエヌーファの心理描写が巧みだ。第2幕の子供を思う心、第3幕のラツァの愛に心を動かされ、一縷の救済を感じさせるラストシーンに至る心理に至るまでとても自然に表現している。単純に歌唱力だけで比較したら彼女以上の歌手はたくさんいるかもしれないけど、このイエヌーファを演じさせたらベニチェコヴァー以上の歌手は望めないのではないだろうか。開演前に風邪が伝えられたペテル・ドヴォルスキーも往時ほどではないとしても十二分の出来栄えだったと思うし、弟のミロスラフ・ドヴォルスキーもペテルに劣らない歌唱を聴かせてくれた。

 管弦楽はちょっとくすんだ弦楽器が特徴だけど、この演目には実に良く似合っている音色で、ビエロフラーヴェクが迫真のテンションの高い音楽を聴かせてくれた。弦楽器に比べると管楽器の水準が少し低いような気がするけど、このイエヌーファを聴く限りにおいてはほとんど不満を感jさせない内容だ。オペラは、舞台装置の豪華さや歌手のネームバリューで聴かせるものではない事を、改めて確認した一夜となった。すくなくとも新国立劇場で観たオペラの中で最高の上演が、この「イエヌーファ」であることは断言できる。