新国立劇場
ヴェルディ「仮面舞踊会」

(文中の敬称は省略しています)

●1999/09/21 前評判が実に高かった新国立劇場「仮面舞踊会」。グレギーナとクピードという人気と実力を兼ね備えた歌手を主役に配した豪華キャストは人気を集めるのも当然! ただし、共催の(いや、影の主催か?)藤原歌劇団らしい不可解かつ複雑なキャストで、一日として同じ組み合わせの日がないことでも話題を呼んだ。そして、いわゆるオールAキャストは初日の21日だけ。当然ながらチケットの人気も一番人気で入手困難を極めた。2番人気だったのが、主要3キャストにAキャストが配された祝日の公演となった23日。

配役 9/21 9/23
アメーリア マリア・グレギーナ
リッカルド アルベルト・クピード
レナート カルロ・グエルフィ
ウルリカ マリアーナ・ペンチェーヴァ 岩森 美里
オスカル ヴィクトリア・ルキアネッツ 山崎 美奈
シルヴィーノ 豊島 雄一 矢田部 一弘
サムエル 久保田 真澄 田島 達也
トム 彭 康亮 長谷川 顕
判事 於保 郁夫 石川 誠二
管弦楽 パオロ・オルミ指揮 東京フィルハーモニー交響楽団
演出 アルベルト・ファッシーニ

 21日は、睡眠不足と朝から続く連荘となった会議で集中力が欠如! 企画中の来年度の仕事のことも頭を離れないし、・・・。どんなに良い公演でも、こんな感じで音楽を楽しむのは難しい。とにかく公演中は眠らなかったけど、この「仮面舞踊会」は聴き終わったらメチャ疲れた公演だった。・・・なんて書くと、この「仮面舞踊会」の水準が低かったように思われるかもしれないけど、決してそのようなことはない。間違いなくこれまでの新国立劇場の舞台の中では、水準の高いほうに属するのは事実だろうと思うけど、しかし、この公演を絶賛する気にはならないのも事実なのだ。

 まず歌手については、実に高い水準。これだけの配役をしたのだから、当たり前といえば当たり前なのだが、この声はイタリア・オペラの声の楽しみに他ならない。しかし、そこにあえて文句をつけると、・・・。クピードの光沢と張りがある声は素晴らしい。彼の声が最初に響いた瞬間、ホールの雰囲気が一変し、彼が主人公であることを知らしめる力を持っている。彼ほどの美声を持っているテノールは少ないだろう。しかし、声の美しさだけでは聴いているうちに感覚が麻痺し、だんだん飽きてきてしまうし、どうしても一本調子に聴こえてしまう。やっぱり感情表現が、ちょっと平板なのは否めないところ。ついで、グレギーナの表現力は素晴らしい。おまけに、声に力があるのでとてもドラマチックだし、いくら聴いても聴き飽きることのない歌手だろうと思う。でも彼女の高音のリミットに近づくと、声のふらつきが目立ち、今ひとつ安心感が得られない。グエルフィも表現力がある歌手だろうと思う。しかし、絞り出すような声の出し方は私の好み系ではなし、彼の声質はどうしても悪役系にしか聴こえない。レナートには知性的な雰囲気の歌手を配して、リッカルドを裏切ったあとに悪役声に変身するくらいのコントラストが欲しいのだが。ルキアネッツは、この1月に藤原「椿姫」でヴィオレッタを歌ったこともある歌手。この役にふさわしいかどうかは解らないけれど、繊細でよく通る声は美しい。その他、脇役陣は、申し分のない出来栄え。藤原歌劇団の層の厚さを感じさせる。

 管弦楽は、堅実な出来栄え。第一幕でちょっと音楽が弛緩した感じがあったんだけど、これは指揮者側なのか、歌手にあわせざるを得なかったのかは不明。しかし全体的に見ると、東フィルらしい引き締まった音で、歌手に劣らない高水準の内容だった。演出ははっきり言って凡庸なもので、見所なし。舞台装置は落ち着いた色彩で、そこそこの豪華さだけど、第2幕の絞首台の荒地のシーンでは照明がちょっと明るすぎて恐怖感が希薄。第3幕の仮面舞踊会のシーンは一番華やかなはずなんだけど、もうちょっと盛り上がっても良いのにぃ・・・と思ってしまった。ただし衣装は見事で、それぞれの存在感を引き立てていた。

 で、結論は、従来の藤原歌劇団の上演してきたオペラの水準をいずるものではない。新国立劇場との共催ながら、内容的に水準的にもこれまでの藤原歌劇団そのままで、何のために新国立劇場になったのか解らないし、新国立劇場を藤原歌劇団に貸し出しているかのような感じさえする。もっとも、どのような形態であっても、上質なオペラさえ見せてくれれば文句はないのだけど、私にはちょっと解せないものが残った。カーテンコールでは、もっと盛り上がるのかなぁ・・・と思ったのに、意外と静か。クピードとルキアネッツに熱烈なブラボーと拍手が贈られたが、グレギーナと指揮者にはブーイングも飛んだ。私は仕事の疲れもあって、見終わったらぐったり。D席7,000円以上の席なのに、E席はおろかZ席より舞台が見にくい席に座らされて、大不満である。わずか1600席の劇場なのに、なぜあんなに舞台を見にくい席が多いのだろうか。あの滅茶苦茶な座席割は、どうにかするべきではないか。


●99/09/23 「仮面舞踊会」二日目はキャストのネームバリューでは劣るものの、内容的にはこっちの方が充実していたんじゃないだろうか。特に良かったのはグレギーナ。初日で目立った高音部のふらつきが格段に少なくなって、初日の出来を大きく上回る歌唱を聴かせてくれた。この4月のサントリーホールのリサイタル以来、彼女の声に破綻の不安感を抱いてきたんだけど、この日の声は初めて彼女の声を聴いた衝撃的な瞬間を思い出す。まだまだ不安感は残るけれど、彼女が存在する舞台はその不安を消し飛ばしてしまうドラマチックな声で満ちている。またオルミ=東フィルも初日より良かった。座席位置が違うのではっきりとは断言できないけど、オーケストラ全体がよりスケールアップしたように感じたし、初日に感じた第1幕の弛緩したような雰囲気もかなり改善されていた。

 逆に初日よりダメだったのがウルリカシルヴィーノ。ウルリカは声の音域によって響きが違って、ぜんぜん声が繋がっていない。なんか声がふらふらしていて、自信と霊感に満ちた占い師らしい雰囲気がなかった。シルヴィーノは声が変。でも出番が短い役なので、舞台全体への影響はなかった。オスカルを歌った山崎美奈は、たぶん初めて聴いた歌手。だけどルキアネッツに劣らない立派な歌唱で、なかなかの存在感を出していた。その他の脇役陣は、初日のAキャストと比較しても互角の実力を持っていそうなので、3日目以降に聴きに行く人はBキャストだから・・・と言って悲観する必要はなさそう。さらに新国立劇場+藤原歌劇団合唱団の水準も高いので、声を聴く楽しみという点で言えば、この「仮面舞踊会」はレベルの高い舞台に仕上がったんだろうと思う。

 でも2日間も見ると、演出上の問題点がかなり目に付くようになった。2日目は体調は良かったんだけど、楽しめたかというとはっきり言って楽しめなかった。初日よりは良かったんだけど、私には面白くなかったというのが正直なところなのだ。歌手は良いしオケだって悪くないし、どうしてなのかなぁ・・・と考えてみたんだけど、結局行き着くのは演出の問題なのだ。その演出の問題とは、一言でいうと劇的緊迫感が希薄なこと、リアリティのない動作、場面による描き分けが出来ていないこと。93年のMETの公演(ピエロ・ファッジョーニ演出)との比較で言うと、ウルリカの小屋には地獄的なおどろおどろしさが全くないし、呪文を唱える大釜もあとから群集が用意する始末。第2幕の絞首台がある荒地は明るすぎて、アメーリアがいくら恐怖感を歌ってもリアリティがない。第3幕第3場の仮面舞踊会は、ほとんど華やかさを感じない。新国立劇場自慢のの4面舞台は、どのように生かしたんだろうか? もしかしたら地方巡業も考えて舞台が一面しかない劇場でも上演できるように演出したのかも知れなきけど(これは想像!)、これでは新国立劇場で上演する意味がない。ミーハー的趣味で言わせてもらうと、せめて仮面舞踊会のシーンくらいは別のステージで豪華なセットを作って欲しかった。仮面舞踊会に登場する群衆の衣装が画一的だし、群集の動きにも、血まみれのリッカルドが座るための椅子を運んでくる召使たちの動きもぜ〜んぜん緊迫感がない。おいおい、お前ら、愛する総督が死にそうなんだぞ! 演劇とオペラが違うんだろうけど、オペラだって最低限のリアリティは備えていないと、音楽的にいくら優れていても違和感だけが目立ってしまうのである。

 とはいっても、客観的に見るとこの日の新国立劇場のカーテンコールは初日以上に盛り上がった。グレギーナにも指揮者にもブーイングは聴こえなかった。(ただし、お手てつないでカーテンコールのときにブーイングが聴こえたけど、誰にブーイングしたのかワカラン) 別に革新的な演出じゃなくても良いけど、もうちょっと緊張感のある演出を見せて欲しいぞ。