デイビット・ジンマン=チューリッヒ・トーンハレ

(文中の敬称は省略しています)

●1999/06/09 世界中のメジャーなオーケストラは、たぶん一度は聴いているはずだけど、このチューリッヒ・トーンハレははじめて聴くオーケストラである。かつては若杉弘も音楽監督を務めていたスイスのオーケストラで、95年のシーズンからはデイヴィッド・ジンマンが音楽監督をつとめている。決してメジャーなオケではないけれど、話題のベーレンライター版のベートーヴェンをメインにしたプログラムが功を奏したのか、サントリーホールはほとんど満員近くになった。

 例によってPブロックの「定位置」で聴いたので、よく解らない点もあるんだけど、機能的にも音色的にも秀でたオーケストラ・・・とは言えない。艶に乏しく、薄くて軽めの弦楽器、管楽器の音色もイマイチ・・・。こうやって書くと悪いことばかりだけど、もちろん美点もある。刺激性のない柔らかい音色は聴き疲れしないし、オケ全体が解けあうような統一感のある音色を持っている。洗いざらしの木綿のような感触だけど、これはこれでひとつの魅力だろう。そしてなによりもジンマンのタクトに敏感に反応する、アグレッシブな姿勢だ。その美点が一番現れたのが、メインのベートーヴェン。

 これは演奏が始まって誰もが思ったんじゃないかと思うけど、「は、は、速い!!」。客席への挨拶もそこそこに、振り返ったらいきなりタクトを振り下ろして、例の「運命」の動機を鳴らす。弦楽器の軽さは隠しようもないけれど、意外と渋めの音色はベートーヴェンにも似合いそう。ジンマンのタクトの下でスピーディに展開されるベートーヴェンは、ときどきピリオド楽器の演奏を聴いているような錯覚を覚えるんだけど、これは弦楽器のボウイングに特徴があるせいだろう。そして今回の注目の新ベーレンライター版。とは言っても極端に音楽が変わったということはない。所々に耳慣れない楽器の音が耳に入る程度で、注意して聴いていなかったら気がつかないかもしれない。演奏時間を計っていたわけではないので正確ではないけれど、たぶん30分程度。これだけ速い5番を聴いたのは初めてだけど、急かした感じや速すぎるという印象はない。引き締まった俊敏な演奏は、新しいベートーヴェン像になるんじゃないだろうか。

 前半の演奏は、爆睡モードに突入してしまったので何とも言えないのだが、ソリストの竹澤恭子は、昨年5月のロンドン響来日公演で演奏した駄演の悪い印象に残っているけれど、その時よりは大分良い演奏を聴かせてくれたと思う。テクニック的にも一定の水準をキープしているし、音楽の骨格がしっかりしている。ただしかつてのような有無をも言わせぬ美しい音色はかなり後退していて、音の艶や密度の高さはまだまだ向上の余地がある。

 本日のアンコールは、ドヴォルザークのスラブ舞曲第8番、ワーグナーのローエングリン第3幕への前奏曲、滝廉太郎の荒城の月、ブラームスのハンガリー舞曲第5番。