ウィーン・フォルクスオーパー
レハール「メリー・ウィドゥ」

(文中の敬称は省略しています)

●1999/06/06 ウィーン・フォルクスオーパーの「メリー・ウィドゥ」を見るのは、これで2回目である。オペレッタの殿堂として不動の地位を占めるウィーン・フォルクスオーパーだけに、古典的だけど、手慣れた舞台、洒落た演出でとても楽しい舞台を見せてくれた思い出がある。今回の来日公演は6年ぶり。今年はメジャーなオペラハウスの来日もないので、ちょっと奮発! 3演目とも見に行くことにした。もちろん一番安い席だけど・・・。

 フォルクスオーパーの公演にNHKホールというのは、はっきり言って無理がある。手元の資料が行方不明なので断言は出来ないけれど、NHKホールはフォルクスオーパーの3倍くらいの容積があるんじゃないだろうか。さすがにこれだけの容積差があると、PA抜きで上演することは難しいし、3階席の最後列では歌手の表情がぜんぜん見えない。オペラと違ってオペレッタの場合は、歌手の表情や仕草が大きな要素をしめるので、ステージと客席との距離感は、決定的に不利な要素だ。オマケに、オケは巧くないし、音が響いてこない。多くの歌手も音程が不安定で、いわゆるオペラ的な音楽水準を考えると問題点の多さは明らかである。そのせいもあって第一幕はちと退屈だったけど、そのような不利な条件をも乗り越えて伝わってくるのが、フォルクスオーパーの魅力なのかもしれない。

 「メリー・ウィドゥ」の台本はホントに良くできていて、ハンナとダニロの間にある素直に表現できない愛情を軸に展開していくオモシロ可笑しいストーリーだ。二期会の「メリー・ウィドゥ」も見たことがあって、それはそれで面白いんだけど、やっぱり「シャンパンの香り」が伝わってこない。その点、フォルクスオーパーの舞台は洒落た「シャンパンの香り」に溢れている。シャンパンのグラスとしてNHKホールが相応しいとは思えないんだけど、グラスの中身はやっぱりシャンパンなのだ。ハンナの舞台姿の美しさは秀でているし、ダニロも役どころを心得た立ち回りが、物語の中軸を支える。とにかく登場人物の存在感、実在感があるのが魅力だ。正直言って音楽的な水準は高くないので、そこだけを採点したらとても及第点をあげられないけれど、レハールの音楽を助けに「メリー・ウィドウ」の台本を演劇的な意味で具現化していくところを加味して採点すれば、これは十二分に楽しめる舞台である。

 三階席は半分くらいしか入っていないほどガラガラだったけど、客席も大いに盛り上がって、一番の見せ場であるフレンチカンカンなんかは4回(5回?)もアンコール! メラニー・ホリディと違って、オリガ・シャラエワのヴァランシェンヌは体がメチャ重そうだったけど、やっぱり客席を盛り上げるコツを心得ている。

 ただ残念だったのが、字幕スーパーのめちゃくちゃさ。訳の省略はやむを得ないとしても、タイミングの悪さは、ここ数年の字幕の中では最悪に近い。オペレッタはせりふが比重が高いので、字幕のタイミングの悪さは、舞台の価値に直結する。最近流行の見にくい電光掲示板ではなく、スライドを採用した点は評価するけれど、タイミングの悪さは「メリー・ウィドゥ」日本公演の初日ならともかく、日本公演4日目なのだ。主催者に改善を望みたい。