英国ロイヤルバレエ「白鳥の湖」

(文中の敬称は省略しています)

●1999/04/17-18 英国ロイヤル・バレエは、内外を通じて最もたくさん見ているバレエ団である。1992年には「バレエの情景」「三人姉妹」「ペンギン・カフェ」、95年には話題のサラ・ウィルドーが踊った「ジゼル」、95年には「ドン・キホーテ」「ロメオとジュリエット」をそれぞれ2回づつ見ている。演劇的で気品溢れるロイヤル・バレエのスタイルは、この3回の来日公演を通じて私の心に強い印象を残した。そして、今回の来日公演ではチャイコフスキーの「白鳥の湖」とマスネの「マノン」をそれぞれ3回づつ見に行くことになった。とは言っても、全部2,000円のF席なので、世界最高水準のバレエ団に6回行ってもたったの12,000円なのは嬉しい。

キャスト 4/17 18:30 4/18 13:00 4/18 18:00
オデット&オディール ダーシー・バッセル 吉田 都 シルヴィ・ギエム
ジークフリート王子 イーゴリ・ゼレンスキー ブルース・サンソム ジョナサン・コープ
王妃(王子の母親) エリザベス・マクゴリアン ジュネシア・ロサート サンドラ・コンリー
ロットバルト ウィリアム・タケット クリストファー・サンダース
家庭教師 リューク・ヘイドン ウィリアム・タケット
管弦楽 アンドレア・クイン指揮 東京シティ・フィル

 幕が開いて、まず心奪われるのは、ロイヤル・バレエ独特の気品のある舞台美術である。バレエの場合はオペラのように巨大な舞台装置を使うことはないので、そのような感覚から言うと決して豪華ではないのだけれど、他のバレエ団のとの比較ではメチャ豪華。舞台美術の色使いが重厚かつ上品で、高級感が溢れている。さらに衣装の美しさはどう表現するべきだろうか。新国立劇場をはじめとした日本のバレエを見に行くと、どうしても「借り物」を着ていようなアンマッチ感がつきまとうのに対し、ロイヤルの衣装はまさしくロイヤルのための衣装なのである。衣装の豪華さ、舞台装置全体とのマッチングも申し分ないし、なによりも端役のダンサーに至るまですべてが役柄になりきっているために衣装が板についているだ。これぞホンモノのみが醸し出す雰囲気で、残念ながら現時点の日本のバレエ団が及ぶ水準ではない。

 原振付はプティパの伝統的なものを踏襲し、芸術監督のアンソニー・ウエルズが演出を加えたもの。演劇の国=イギリスらしく、登場人物のすべてにきちんとした役割が与えられていて、ふつうなら気がつかないような端役でも、舞台の端や舞台奥の目に付かないところでもきちっと演技をしているのだ。だから同じ舞台を3回見ても、気がつかなかった演技の発見があって、決して飽きることのない。演出の意図も徹底されているし、ダンサーの表情の豊かさも特筆すべきだろう。このように一人ひとりの演技を重視する反面、コール・ド・バレエの統率感はちょっと希薄で、群舞でちょっとバラけてしまってもあまり気にしていないようだ。まぁ、ロイヤル・バレエの場合は、明らかの長所が上回っているのだが、このあたりは日本人のほうが几帳面に群舞を揃えているんじゃないだろうか。

 さて、今回は3人のオデット&オディールと3人のジークフリート王子の見比べとなったワケだけど、このように続けてみると3人の個性が良くわかる。まずダーシー・バッセルのオデットはとても可憐。3階席の一番後ろで見たんだけど、遠くから見ていてもとっても表情が豊かで魅力的だ。テクニック的には3人の中では一番見劣りしてしまうんだけど、バッセルの魅力はとても自然に可憐なオデットを演じられる点にあると思う。ただし第3幕でオディール(黒鳥)に求められる小悪魔的な魅力はちょっと希薄で、オデットとオディールの演じ分けは不充分かもしれない。また、ちょっと調子が悪かったのかもしれないけれど、バランスを崩してしまうシーンが散見されたのも残念だったけど、個人的には好きなバレリーナだし、マクミランとの相性も良さそうなので今度の「マノン」に期待したい。

 次いで吉田都のオデットは、機敏で滑らかな動きが光った。小柄な吉田は「白鳥」と言うよりは「小鳩」みたいな感じで、バッセルに比べると表情が硬いけど、テクニック的には吉田の方が圧倒している。動作の一つひとつが滑らかで、さらに他のバレリーナと比較してトウシューズの音の小ささは歴然。第2幕で硬かった表情も、第3幕でオディールになったとたんにジークフリート王子を誘う小悪魔的な笑顔に変身する。そのコントラストも見事だ。第3幕の見せ場、32回転でもバッセルはもちろん、ギエムをもしのぐ超高速! 回転系のワザでははロイヤル・バレエのプリンシパルの中でもトップクラスなのは間違いなし。

 そしてシルヴィ・ギエムは、完成度の高さで群を抜いている。ギエムのバレエは、メカニカルな雰囲気がして個人的には好きとは言いきれないんだけど、あの足の上がる角度、揺るぎ無いテクニックに、見る者は「へへぇ、恐れ入りました」と納得するしかないのである。個人的には第2幕でジークフリート王子に出会うシーンで、オデットらしい可憐な雰囲気が乏しいのと王子を恐れる感覚が希薄なのが残念だったが、第3幕のオディールはもう完璧、私ごときがケチをつけられる水準ではない。

 王子に関しては私の興味の対象外なのだが(^_^;)、ちょっと一言。長身で全身がバネのようなジョナサン・コープが高くて滞空時間が長いジャンプが光ったし、コンディションが万全ではなかったらしいイーゴリ・ゼレンスキーは全力を出し切れなかったみたいだけどクールな雰囲気がGood! ブルース・サンソムは、甘いマスクと小柄な体で、テクニック的にもスケールでも3人の中ではやや見劣りする存在。雰囲気もマザコン的ジークフリート王子だった。

 さて、管弦楽はアンドレア・クイン指揮 東京シティ・フィルだが、はっきり言って音楽的水準は低い。弦楽器のパートがが少ないのか、音は薄いし、金管は不安定で、ここぞと言うところでモノの見事に音を外す。シビアなスケジュールに同情は禁じえないが、音楽がもっと充実していればバレエ全体の水準も大きく違ったはず。アンドレア・クインは98年に音楽監督に就任したばかりの女性指揮者。ポジティブ・アクション的には応援したい気持ちもあるのだが、舞台と音楽のズレがかなり多く、オケをまとめきる力量にも疑問を感じる。バレエ音楽を楽しみたいのであれば、東フィルがピットに入ることが多い新国立劇場でバレエを観る(聴く)のが一番だろうと思う。