二期会=ワーグナー「タンホイザー」

(文中の敬称は省略しています)

●1999/02/25 二期会の「タンホイザー」は、私にとって忘れることの出来ない演目である。何を隠そう、私がはじめて見たオペラが1988年に二期会が上演した「タンホイザー」だったからだ。たぶん、今の私が見たならばどうという事のない水準の公演だったかもしれないけれど、その当時の私は夜も眠れないほど感動したのを記憶している。この公演に接していなければ、おそらく今のようにオペラにハマっていなかったに違いない。それから11年が経過して、会場は東京文化会館から新国立劇場に変わったけれど、二期会は久しぶりに「タンホイザー」を演目に掲げた。私にとっては見逃すわけにはいかない公演である。

 上演が終わってみれば、会場は好意的な拍手に包まれて、たくさんのブラボーの声が飛び交う公演となった。指揮者を除けば、オール日本人キャスト=「二期会スタイル」の公演だっただけに不安な気持ちでホールに向かったリスナーも多かったに違いないけれど、良い意味で予想がハズれたのではないだろうか。

 最も良かったのがヴォルフラムを歌った青戸知。豊かな声量と滑らかな歌いまわしは、この日の舞台で最高の水準である。もっとも彼の声質はかなり柔らかめなので、ヴォルフラムに好適かというと、疑問視する向きもあるかもしれない。だが歌唱そのものの水準は抜群で、特に「夕星の歌」は、感動的だった。ヴェーヌスの小山由美も青戸知に劣らぬ高水準の素晴らしさだったが、出番が少なかったのだけが残念。主役の成田勝美は、彼がもちえる実力は十二分に出し切ったんじゃないかと思う。絞り出すような声は、密度が高くて良く通るけれども、ちょっと好みが分かれるだろう。声量と言う点では、青戸に比べて大きく劣っていたので、この日の舞台を聴く限りにおいては分の悪さは隠せない。エリーザベトの島村智子も健闘していたけれど、どうしてもヴェーヌス=小山由美と比較される役柄だけに、ちょっと役不足ぎみ。そして「タンホイザー」の隠れた主役は合唱団である。二期会合唱団は、部分的に練り込み不足も感じさせたけれど、「巡礼の合唱」とくに第3幕は感動的だった。

 コルト・ガーベンは歌手との呼吸においてはとても安心して聴ける指揮者だったけれど、管弦楽の雄弁さと言う点では物足りなさが残る。「タンホイザー」の管弦楽ならば、もっと自己主張を盛り込んだオーケストラであってほしい。東フィルも安心して聴ける内容だったけれど、まだちょっと粗さが残っている印象。きっと2日目、3日目には向上しているだろうけれど、ちょっとしたこと気になってしまうピットのすぐ上の座席だったせいかもしれない。

 西澤敬一の演出は、11年前のものと「全く(と言って良いほど)同じ演出」である。円形のステージを中心にしたバイロイトの様式をパクったものだけれど、西澤がオリジナルで演出しようとすると「建-TAKERU-」のようにメチャクチャになってしまうので、パクリのほうが安心して見る事が出来る。適度に簡略化した舞台装置に、現在から考えればオーソドックスなアプローチの演出だけれど、最初に見たオペラ=演出だけに私自身は好きな演出である。

 全体的に見たら、日本のワーグナー上演の一定の水準を示した公演と言って良いのではないだろうか。合唱や管弦楽はさらに向上する余地を残しているとは言え、概ね満足すべき公演だったと思う。