五嶋みどり&ロバート・マクドナルド

(文中の敬称は省略しています)

●98/12/14 ゲルギエフ=キーロフ管弦楽団のコンサートと日程が重なって、どちらにいこうか直前まで迷った。6日のキーロフはそれほど良くはなかったけど、7日は持ち前の魅力を全開! こりゃ14日のハルサイも楽しみだ・・・と思ったのだが、結果的には五嶋みどり&ロバート・マクドナルドのデュオ・リサイタルを選択した。キーロフは毎年に近い頻度で聴いているけど、五嶋みどりはここ数年ナマでは聴いていないというのが理由。この前、聴いたのは、うーん(^_^;)たしか5年以上前じゃなかったかなぁ。

 いまさら改めて・・・と言われるかもしれないけど、五嶋みどりは天才である。クラシック音楽界でソリストとして活躍している人は、たぶん「天才」と呼ばれていた人ばかりだろうと思うけど、五嶋みどりのヴァイオリンを聴くと「天才」という言葉を軽々しく使えなくなる。彼女のヴァイオリンをはじめて聴いたのは、まだ彼女が10代の頃だったろうと思う。メータ=NYPの来日公演のソリストとしてドヴォルザークのヴァイオリン協奏曲を聴いた。その後、東京文化会館やサントリーホールでのリサイタルを聴いたけど、そのどれもが衝撃的だった。完成されたテクニックと表現力は抜群の説得力を持って聴く者に迫ってくる。1971年生まれの五嶋みどりは現在27歳、その容貌はいまだに少女の面影を残しているけれど、もはや天才少女と言う言葉は似合わない。多くの人が「昔天才、今ただの人」になってしまう中で、五嶋みどりがホンモノの天才として評価を固めるには、今の年令でどのような演奏をするかにかかっていると思う。

 これまで3回、五嶋みどりの演奏に接してきた。そのいずれもが期待「以上」の演奏で応えてくれたけど、今回のリサイタルは結論からいうと期待「どおり」のものだった。「以上」ではなかったと言う意味では、これまでのコンサートと比べて物足りなさを感じたけど、これが安定した実力であるとすれば第一級のヴァイオリニストであることは間違いない。密度が高く艶やかな音色は、ジュリアード音楽院にありがちな貴金属的(無機的)というよりは、有機的なパールのような音色である。しっとりとした湿度と温度を感じさせるあたりが、聴くものの共感をより深く呼び起こすのだろう。そして彼女の特徴で一番素晴らしいのが、歌いまわしの巧みさである。シュニトケの組曲とかクライスラーは、何の変哲もない懐古的な曲なんだけど、彼女の手にかかると生き生きとした生命感を宿した呼吸が、音楽の中から聞こえてくる。ピアニッシモでも音の密度が失われないためかデュナーミクの幅が広く感じられ、バルトークのソナタもダイナミックに迫ってくる。ラヴェルの「ツィガーヌ」は、土俗的な音色を強調した演奏で、推進力も抜群。しかし、以前に聴いたときよりも速いパッセージの切れ味は低下しているような気がする。

 アンコールはチャイコフスキーの「メロディ」と、クライスラーの「シンコペーション」。五嶋みどりの演奏は、テクニックで押しまくる演奏スタイルから、しっとりとした大人の演奏スタイルに変貌をしようとしているのかもしれない。末筆ながら、ロバート・マクドナルドのピアノの素晴らしさは特筆モノ。ソリストにぴったりと寄り添いながら、モーツァルトなどでは自己主張も怠らない。彼のような伴奏ピアニストがいれば、ソリストも安心して自分の演奏に集中できるだろうと思う。