東京都交響楽団定期演奏会Bシリーズ
マリナーの英国プログラム

(文中の敬称は省略しています)

●98/10/06 都響に3年ぶりの客演となったネヴィル・マリナーがタクトを取る定期演奏会。前回は初客演にもかかわらず、都響の美点をうまく引き出して端正な演奏を聴かせてくれたことを思い出す。しかし今回は、曲目が地味目のせいか客席には空席が目立つ。

 マリナーはバランス感覚が優れた指揮者だ。音楽の要素のバランス配分に長けていて、どんな音楽でも過不足なく聴かせてくれる。レパートリーは広いし、特徴らしい特徴はないんだけど、その音楽性の高さは一度ナマで聴いた人間なら実感できるんじゃないだろうか。今日のプログラムの両端を挟んだブリテンとエルガーは、アンサンブルのキメに欠いた嫌いはあったけど、奇をてらわない正攻法の演奏で、共感がもてるアプローチだ。とくに優れているのが音楽の流れが自然なこと。もう少し練習時間があればきっとアンサンブルも向上しただろうと思うけど、デュナーミクの幅も広くとられた「エニグマ変奏曲」が終わると、指揮者は盛大な拍手とブラボーの声に包まれた。

 しかし、今日の白眉は間違いなくシュトゥッツマン。彼女は声量で押し捲るタイプでもない。はっきり言って、サントリーホールのような大ホールでは彼女の真価は発揮されていないだろうと思う。しかし、それでも彼女の素晴らしさは十二分に伝わってくる。誇張の無い、控えめな表現の中に秘められた感情のアヤ。その微妙なアヤがここまで伝わってくる歌手がいったい何人いるだろうか。先日のホセ・クーラに、シュトゥッツマンの爪の垢を煎じて飲ませたいくらいである。ヘンデルのアリアの「喜」や「哀」の表現の豊かさ、深さは音楽に集中しえるもののみに許された世界だろう。派手さや華やかさはないけれど、心に染み入る名歌唱である。

 そして特筆すべきはマリナー=都響のサポート。もちろんモダン楽器による演奏だけど、配置は左から1stVn-Vc(Db)-Vla-2ndVnという古典的なもの。8型の小編成のオケから醸し出される純度の高い響きは、引き絞った弓矢のような緊張感の高さのなかに、適度なゆとりが共存したもの。シュトゥッツマンに負けないくらい素晴らしいものだった。

 アンコールはヘンデルの「オンブラ・マイ・フ」。コントラルトによる同曲は初めて聴いたけど、天上から届くような深い響きに、ただひたすら感動。この一曲を聞くだけでも、このコンサートに来た甲斐があった。