クルト・マズア=NYP
(文中の敬称は省略しています)

●98/06/06 アメリカで最も古い歴史を持つオーケストラ、ニューヨーク・フィルハーモニックの演奏会で、指揮は音楽監督になって7年目のクルト・マズア。アメリカではNYP、シカゴ、ボストン、フィラデルフィア、クリーブランドが「5大オケ」として注目されているけど、その中で最もパッとしないのがNYPと言う感じだ。その割にコンサートのチケットの値段が高いのは、やっぱり「格式」というものなのだろうか? S席25,000円の席だけが当日券として出ていたけど、会場にはいるとほとんど満員。私は5,000円のD券を買えたんで行ったんだけど、その上のC券は10,000円! もうその値段になると、私の場合はNYPを聴こうという気にはならない(^_^;)。

 座ったのがPブロックなのであまり正確な比較が出来ないけど、さすがに個々の奏者は巧い。弦楽器の音は艶やかだし、木管、金管ともカチッとした堅い感じではなくて、柔らかく音をキメていく感じだ。もちろん、ここぞとと言うときの音量もでかい。ただしアンサンブルの精度という点では今一つで、マズアの指揮もオケにある程度「お任せ」みたいな感じを受けた。オケの自発性を尊重するのは良いこと、と言う人も言うだろうけど、個人的にはラトル=CBSOのようなアンサンブルこそオーケストラの理想像だと思う。

 ドヴォルザークの8番も「ボレロ」も真っ当な解釈で、奇をてらったところは感じられない。テンポの揺れとか変なアクセント、新しい解釈を盛り込んだところはないので、ある意味では安心して聴けるオーケストラだろうと思う。アンサンブルも良い意味で「ゆとり」があるので聴き疲れしないし、どの奏者もそこそこ巧いので「ボレロ」も聴かせどころを心得たダイナミックな演奏を堪能できた。東京生まれで16才の中国系のピアニスト、ヘレン・ホワンはメンデルスゾーンのピアノ協奏曲第1番を弾いた。Pブロックだとピアノの音が反射音しか聞こえなくなるので音色は評価できないけど、過剰な味付けは控えて丁寧な弾き方は好感がもてる。ただあまり聴いたことがない曲なので、印象は薄め(^_^;)。

 アンコールはさながらニューヨーク・ポップス・オーケストラ状態で、バーンスタイン「ウェストサイド・ストーリー」から「マンボ」と、金管楽器だけでTURRINの「ザ・ジャズ・ロック」を演奏、派手にぶっ放してくれた。エンターテイメント精神には長けたオケだけど、聴いてみて改めて思う。やっぱり25,000円じゃ高いんじゃない?


●1998/06/08 マズア=NYP東京公演の2日目。6日の公演は土曜日(夜8時開演)ということもあって、ほとんど満員だったんだけど、今日の会場には若干の空席が目立つ。

 今日は裏側のPブロックと正面の座席で聴いたんだけど、このオーケストラの弦楽器は、とてもシルキーで滑らかさを感じる。アメリカのオケとしてはパワーは控えめで金属的なキラキラっぽさも乏しいんだけど、柔らかくて耳に刺激感がない音色は好ましい。指揮者のタクトに対する反応も良く、ピタリとあわせる様は気持ちいいけど、反面、速いパッセージになると曲の勢いに任せてしまう感じもする。金管のパワーは凄い。この点はアメリカ5大オケの一角を占めるだけのことはあって、開放感あるヌケきった音はカイカンだ。

 このオケから繰り出される「ロメオとジュリエット」は素晴らしい。「モンタギュー家とキャピレット家」では大音響が引き潮のように去った後の弦楽器の悲劇を予感させる音が残る、そのコントラストからして絶妙で聴き手を引きつける。以前に聴いた鄭明勲=フィルハーモニアの演奏は楽想を極端に強調した凄みがあったけど、マズアは正統的な解釈の中で可能な限り楽想を浮き立たせようとしている。この曲は巧いオケで聴くと、バレエ音楽であることを忘れて、一つの悲劇的交響詩という感じだ。

 コープランドのクラリネット協奏曲は初めて聴く曲で、ソリストのドラッカーは69歳のNYP首席奏者。個人的にはもう少しふくらみのある音が好きなんだけど、速いパッセージでも歯切れの良さを失わないし、テクニック的には年齢を感じさせない。ゆっくりとした第1楽章の美しさと、ジャズ的な自由な雰囲気を漂わせる第2楽章は、初めて聴く者でも充分に楽しめる曲。休憩後の「悲愴」は、ちょっとアメリカン・ナイズされたというか・・・この曲の影の部分をあまり感じさせなず、陰影感、立体感が乏しい感じ。たしかにパワーがあるオケで、金管の見せ所が多い曲だけに面白い部分もあったけど、全体的に「悲愴」という曲を聴いたという印象には乏しい。 アンコールは、チャイコフスキーの「弦楽セレナーデ」から「ワルツ」と、6日と同じTURRINの「ザ・ジャズ・ロック」を演奏。

 全体的には、マズアとの呼吸も合っているようで、オーソドックスな演奏内容は評価されるべきだと思うし、聴き手を楽しませることには長けたオーケストラなのでその意味での面白さもある。ただし影のある音楽を表現することのかけては、今一つという印象。まぁ、5,000円でこの内容だったら、文句は言わないことにしよう(^_^;)。