ベルティーニ=都響
(文中の敬称は省略しています)

●98/06/05 都響の新音楽監督にガリー・ベルティーニが就任した。何回も書いているように、ベルティーニと言えば現代を代表するマーラー指揮者であり、東京ではデュトワやアルブレヒトに並ぶビック・ネームである。その就任披露演奏会は、ベルティーニが最も得意とするマーラーの交響曲第2番「復活」を演奏すると言うこともあって、チケットはソールドアウト、会場は満員となった。

 演奏が始まる前の緊張感は、いつもの定期演奏会とは明らかに違うもので、ピーンと張りつめた空気が流れる。静まり返ったホールの中で、ベルティーニがタクトを振り下ろすと弦楽器のテンションの高い音が響き始める。これを聞いた瞬間、この演奏会は期待できるな!・・・と思ったけど、全曲を通して考えると、決して誉めるべき点ばかりのものではなかったと思う。

 弦楽器は、いつもよりはテンションが高く、良い音を出していたけど、第1楽章などでパート毎に音がズレまくる点をしばしば露呈した。この原因は指揮者にあるのか、オケにあるのか解らないけど、都響の弦楽器としては珍しいミスだ。木管や金管は、いつも通りの音で、弦楽器のレベルの高さとは明らかな差を感じた。木管の音は魅力に乏しいし、金管は、決めるべきところで音を外したりひっくり返ったりして、聴き手の緊張感をそいでしまう。指揮者の解釈も、ベルティーニとしては意外にスピーディな展開で、濃密な解釈と言うよりはスッキリとした印象だ。そのためか、印象に残りにくい演奏で、1〜4楽章は聴いているウチに他の考え事をしてしまった(^_^;)。アルトの寺谷千枝子は、やや声量は乏しいけど、なかなか深みのある声を聴かせてくれたし、声は痩せたと言っても佐藤しのぶもまぁまぁ。第5楽章はさすがに盛り上がって、壮大なパノラマ感を見せてくれたし、晋友会合唱団もppで物足りなさを感じたけどいつも通りの安定した内容だった。しかし、これがベルティーニの真骨頂かと言われると、決してそうではないだろうと思う。

 終演後は、盛大な拍手に包まれて、ベルティーニ就任披露演奏会はまずまずの成功を見せたと言っていいだろうと思う。しかし、同時に多くの課題を露呈したのも事実で、低下しがちの都響のアンサンブルをどのように立て直すかはベルティーニに課せられた大きな課題だろうと思う。ベルティーニというと後期ロマン派の大曲を期待しがちだけど、オケのアンサンブルを向上させるにはハイドンやモーツァルトなどの古典を多く取り上げるのが効果的だと言われている。ベルティーニ自身もその点を指摘しているけど、それをどのようにプログラムに織り込んでいくのか、今後の注目すべき点だろうと思う。


●1998/06/10 都響の「作曲家の肖像シリーズ」、今回はブラームスの交響曲第3番と第1番で、指揮はもちろん新音楽監督のガリー・ベルティーニである。

 たぶん3番は、ブラームスのシンフォニーの中では最も難しい曲だろうと思うけど、マーラーの「復活」の時と比較すると、パート間のズレとか大きなミスは見られなかったのは前進かもしれない。しかしこの曲の大きな魅力である管楽器、特に木管楽器の音色に幻滅してしまった。ホルンの音には平べったく、フルートの音は濁っていて、旋律の処理もいやにそっけない。管楽器に関しては、音楽的な表情を感じ取れなかった。弦楽器はそこそこだったけど、いつもと比べて音が薄く感じたのは気のせいだろうか。全体的に見ると、印象に残りにくい演奏だった。

 1番は3番と比べれば、力で押し切ってもOK!みたいな曲だし、練習量も違ったのか、機能的な意味では大きな不満は感じなかった。でもベルティーニの指揮は思っていたよりスピーディで軽量級、なおかつフレーズの処理も素っ気ないので、ブラームスの渋い味わいはかなり後退した感じ。うーん、ベルティーニってこーゆー指揮者だったかなぁ。終演後の会場は沸きに沸いていたけど、なんかブラームスを聴いたっていう感じがしない演奏会だった。


●1998/06/15 ベルティーニ音楽監督就任披露演奏会の最終演目の定期演奏会で、サントリーホールは若干の空席があるものの、ほとんど満員と言って良いだろうと思う。

 結論的に言うと、この演奏会は6月のベルティーニ・シリーズの中では最高の成果を収めたんじゃないかと思う。木管や金管が弱いという機能的な問題点は相変わらずだけど、ベルティーニのタクトに対するオーケストラの反応は格段に良くなっていて、パート間のズレなどの大きな問題を露呈することはなくなっている。最初のベルリオーズの序曲は、初めて聴く曲だけによく解らなかったけど、オケの反応は悪くない。

 続くメンデルスゾーンのヴァイオリン・コンチェルトは、注目のソリスト、ギル・シャハムの登場。ジュリアード音楽院のドロシー・ディレイに師事したという経歴がハッキリと音に現れていて、貴金属的な美しさは筆舌に尽くしがたい。引き締まった音色は、少しばかりの翳りを湛えて、絹のような光沢のある旋律を奏でる。音色は抑えているようだったけど、オケのTuttiの中でも彼のヴァイオリンは聴き取れるし、テクニックも素晴らしく、速いパッセージでも音を疎かにするような姿勢は微塵もなく、テクニックをひけらかすようなところも感じられないのは好ましい。「美音グルメ」にとっては彼のような音色はこたえられないだろうと思うし、私自身も音色を重視するタイプなのでギル・シャハムの音には、ただただ感嘆するばかり。オケのサポートも反応が良く、希にみる美しいメン・コンを堪能することが出来た。アンコールはバッハの無伴奏パルティータ第3番の「ガヴォット」もメチャ綺麗な演奏。ただし、メンデルスゾーンなら彼の音色を最大限に生かせるけど、はたしてベートーヴェンやブラームスのコンチェルトだと、はたしてどうだろうか?・・・という疑問も湧いてくる。その 音色は素晴らしい武器には違いないけど、この先のレパートリーを考えるとその武器にだけ頼ることは出来ないだろうと思う。

 休憩後のメインはラヴェルのバレエ音楽。ホルンは転けるし、木管の音色に色気はないし、オケ全体が重たい・・・・などなどという欠点は指摘できるけど、全体としてみれば聴き応えのある内容で、大きなデュナーミクを生かして、リズム感に溢れ、起伏のある「ダフニスとクロエ」を演出していった。ただ、この曲に必要な色気というか官能性が乏しく、長い全曲版を集中して聴き通すのは難しかったのも事実。ただそのあたりを日本のオケに求めるのは無い物ねだりかもしれない。晋友会の合唱は力を抑えて、まず母音を揃えて綺麗に発音することに心がけた合唱はとても良かった。

 ベルティーニと都響、最初はどうなるのか・・・と思ったけど、コンビを重ねるにつれて息があってきた。秋のマーラーの3番をはじめとする演奏会でどのような成果を見せるのかが楽しみになってきた。