二期会「シンデレラ」
(文中の敬称は省略しています)

●1998/02/07-08 久しぶりの二期会のオペラ公演は、ロッシーニの「シンデレラ」(チェネレントラ)である。この都民芸術フェスティバルの公演には、格安な2,000円のF席が設定されていて、かつては発売当日に予約しないと売り切れになってしまった。しかし、どうしたことか「シンデレラ」は当日券でもF席が売れ残っている有様で、人気のあるはずの土日の公演でも7〜8割程度の入り。かなり空席が目立つ。藤原歌劇団の「椿姫」が、発売当日には東京文化会館に行列が出来て、あっという間にF席が売り切れになり、もうかなり高額の席種しか残っていないのとは大きな違いだ。

 残念ながら二期会は、オペラ・ファンからの人気を急速に失いつつあるように思える。その理由は「スターがいない」「日本人に固執したキャスト」「簡素な舞台装置」「財政難・・・」などが挙げられると思うけど、5月に予定されていたラヴェル「子供と魔法」「スペインの時」が「諸般の事情」で延期されてしまうなど、今後の存続すら不安を感じてしまう。

公演日 2/7 2/8
アンジェリーナ(シンデレラ) 竹本節子 坂本朱
ドン・ラミーロ(王子) 小林彰英 櫻田亮
ダンディーニ(従者) 青戸知 加賀清孝
アリドーロ(王子の指南役) 長谷川顕 峰茂樹
ドン・マニフィコ(シンデレラの継父) 志村文彦 筒井修平
クロリンダ((シンデレラの姉) 西野薫 大橋ゆり
ティスベ(シンデレラの姉) 竹村靖子 日比啓子

 そんな人気薄の「シンデレラ」だったけど、この2日間を見て、「アイーダ」のように金をかければ良い舞台が出来るわけではなく、金がなくともアイデア次第でそれなりに見応えのある舞台を作ることが出来るんだなぁ・・・と実感した。この「シンデレラ」は佐藤信の演出、レギーナ・エシェルベルガーの舞台装置&衣装によるものだけど、佐藤信の演出はそれぞれのキャラクターの個性を引き立たせ、エシェルベルガーの衣装も佐藤信の演出の意図にピッタリと沿ったものだ。クロリンダやティスベの衣装の適度な悪趣味ぶりなどはキャラクターを際立たせるのに効果的だし、佐藤信の意図が合唱団の一人ひとりの表情にも行き届いているのは素晴らしい。ただし舞台装置は簡素の極み。東京文化会館の広いステージがスカスカに見えるので、寒々とした空気が流れる。これが中ホールだったら、かなり高く評価されるのではないかと思うけど、大ホールの演出としてこれが適当な選択だったかと言われると疑問符がつくかもしれない。

 歌手は完全なダブル・キャストだったけど、タイトルロールの竹本節子と坂本朱では、かなりキャラクターの作り方が違って、悲劇のヒロイン的な雰囲気が強い竹本と、表情たっぷりにおてんばなシンデレラを演じる坂本。歌唱力では大きな差はないと思うけれど、この演出なら坂本朱の方が合っている。ドン・ラミーロは、初日の小林は、どうも風邪声をみたいな感じ。なおかつ声を張り上げようとしているので、酷くて聴くに耐えない。櫻田は声はなかなか美しいものを持っているけど、声量が乏しく、存在感は希薄だった。

 初日の事実上の主役は、ダンディーニを歌った青戸知。この人の表情の豊かさ、柔らかく表現力に溢れた歌声は、掛け値なしに素晴らしい。この日の舞台で圧倒的な存在感を印象づけた。2日目の加賀も悪くなかったけど、このキャラクターにしては年齢がかさみすぎているし、歌い口の滑らかさは今一つ。その他のキャストは、大きな差はなかったけど、総じて2日目の方がバランスがとれていて満足度は高かった。

 管弦楽は沼尻竜典指揮の新星日本交響楽団。このところ荒い伴奏でなかなか期待に応えられない新星日響だけど、この日はとても丁寧な演奏で、不安を感じさせないサポートだった。ただし丁寧すぎて、ロッシーニ特有の「遊び」の要素が希薄で、軽やかで輝かしく駆け登って行くべきクレッシェンドも「ゆとり」が感じられない。なんか精一杯演奏しているのは解るんだけど、限界が見えてしまうのだ。新星日響としては大健闘の演奏だと思うけど、望むべき水準には達していないというのが私の感想。

 不安な感じが拭えない二期会だけど、この日の舞台は費用対効果という点では、とても高い水準の公演だったと思う。豪華趣味の多いオペラ・ファンの指向性とはちょっと違うかもしれないけど、演出次第では金をかけなくともそれなりの舞台に仕上がることを証明した公演だったと思う。これからは新しい才能の発掘を心がけて公演を行って欲しいのだが・・・。