ベルリン・ドイツ・オペラ
「さまよえるオランダ人」

(文中の敬称は省略しています)

●1998/01/28 ベルリンのオペラ・ハウスで最も伝統があるのはベルリン国立歌劇場だけど、これは「ベルリンの壁」によって東側に行ってしまった。そのベルリン国立歌劇場に対抗して、西ドイツがつくった新しい歌劇場がベルリン・ドイツオペラである。総裁・演出ゲッツ・フリードリッヒによる現代的な問題作を世に問い、オペラの新しい潮流をつくってきた。今回の来日公演は「さまよえるオランダ人」「タンホイザー」「ばらの騎士」の3演目を引っさげての来日公演、その初日である「さまよえるオランダ人」の公演に行って来た。会場には若干の空席があるけど、9割以上の客席が埋まった。

 結論的に言うと、非常に充実した舞台で、休憩なしで上演した全3幕・2時間10分が短く感じたくらいだ。ゲッツ・フリードリッヒの新演出は、「オランダ人」の船をユダヤ人の難民船になぞらえた問題作で、意地悪く見れば旧東ドイツを揶揄したものと解釈することも出来るだろう。東京文化会館としてはかなり大がかりな舞台を持ち込んで、中央には難民船を模した「箱船」らしきものがある。この「箱船」が回転するときに発する機械音が気になったけど、ゲッツ・フリードリッヒの演出家としての冴えを実感できる舞台である。

 この演出で最大の特徴は、第3幕でゼンタは死なない・・・ということだ。一般的なストーリーは出帆する船を追うように海に飛び込んだゼンタ、その死によってオランダ人が救済される。しかしゲッツ・フリードリッヒの演出では、箱船の上でゼンタとオランダ人は手を取り、その愛によってオランダ人=箱船は救済されるのだ。箱船は1947年に実在したユダヤ人の難民船の象徴だということだが、だとすればゼンタは何の象徴なのだろうか? 普通に考えればイスラエルと何らかの関係があるのだろうけど、その点はちょっと気がかりで演出の意図としては問題を残すだろう。いずれにしても挑発的であることは間違いない。

 初日だったので歌手は最も充実していると思われるキャストだったけど、その期待に違わぬ内容。最も大きな拍手を集めたのが船長を歌ったマッティ・サルミネンで、声量も表現力ともに文句のつけようがない。ついでゼンタを歌ったデボラ・ヴォイト、途中で声が途切れる難もあったけど、総じて言えば素晴らしい歌唱力だ。第3幕最後、オランダ人への愛を誓った歌唱は忘れがたい。、オランダ人のベルント・ヴァイクルはかつてに比べると力量が低下したかもしれないけど、表現力には素晴らしいものを感じる。エリックを歌ったヨルマ・シルヴィスティ、舵手のウヴェ・ペバーも好演。男声合唱も力感が溢れる船乗りの歌を聴かせてくれた。

 指揮のティーレマンもツボを押さえたタクトで、ワーグナーらしい音楽の流れを作り出す。初めて聴く指揮者だけど、若くしてこの水準だったら、将来が楽しみだ。オケは音量は大きいものの、やや大味で、特に金管の音程などに不安を感じた。繊細さという点では日本のオケの方が上だろうと思うけど、音楽の流れを途切れさせることなく、ティーレマンのタクトに敏感に反応して良く鳴っていたと思う。

 あと残念だった点は、補聴器のハウリングと思われる発振音が、ときどき聞こえたこと。途中で止まって、音楽を聴く上で阻害にはならなかったけど、やっぱり注意が必要だろう。