十束尚宏=東フィル
(文中の敬称は省略しています)


●1998/01/20 東京のオーケストラを低廉な料金で紹介する「都民芸術フェスティバル」の今年最初の公演は若手指揮者・十束尚宏指揮の東京フィルハーモニー交響楽団。低廉な料金の割には東京芸術劇場には空席が目立つ。だいたい7〜8割程度しか入っていなかったんじゃないだろうか。

 まず出だしのロッシーニから、非常に美しい弦楽器を聴かせてくれた。イタリアのオケのような輝かしさとか軽やかさは望むべくもないけれど、艶と密度をあわせ持った弦楽器が実に美しい。バスドラムのタイミングの遅れが気になったけど、各パート毎の音の分離も申し分なく、オケはとても良く鳴っている。もう少しスピーディな展開が聴ければさらに良かったと思うけど、これはこれで立派な「セビリアの理髪師」序曲だろう。

 「皇帝」は、国産ピアニストとしては最も信頼している野島稔の登場である。出だしではピアノのノリが悪かったけど、第2楽章に入ってから尻上がりに良くなってきた。スケール感は今一つだけど、音のパレットの豊富さ、粒立ちが良さは、やっぱり野島ならではのもの。全体としてはなかなかの「皇帝」だと思うけど、オケのサポートは冴えなかった。東フィルにしては音の分離が悪く、野島のピアノとの相性は今一つだったと思う。

 休憩後はメインのシューマンの第一交響曲「春」。使われているモチーフの豊かさ、インスピレーションの冴えには敬服するばかりだけど、主題の展開の仕方しだいで、もっと素晴らしい交響曲になりそうな気がする。その辺が、私の「シューマン=苦手」の構図になっていて、シューマンの交響曲が我が家のCDプレーヤーに乗ることは滅多にない。したがってあまり聞き込んだ曲ではないのだけど、今日の演奏はなかなか情熱的な演奏を聴かせてくれて、充実した時間を過ごすことが出来た。ただ情熱的なだけではなく、音楽の縦の線や横の線もピタリと合って、アンサンブルの精度でも不満はない。十束は初めて聴いた指揮者だけど、今後の活動には注目すべきだろう。
 
 アンコールはグリーグの「過ぎし春」。シューマンの「春」に引っかけた洒落だろうか。