フェルメール弦楽四重奏団

(文中の敬称は省略しています)


●96/12/02-03 フェルメールという画家の名前を関したカルテットは、あまり日本での知名度はないんじゃないだろうか。少なくとも私は今回の招聘まで知らなかった。1969年にシカゴで結成され、かつては日本を代表するヴィオラ奏者・今井信子も属していたという話である。結成から四半世紀を経て今がもっとも油が乗り切った時期と言えるかもしれない、そんなカルテットの初来日公演を2日に渡ってカザルスホールで聴いた。 

 残念ながら私は絵心に乏しいのでフェルメールという画家のうんちくを述べることが出来ない。この四重奏団がなぜ画家の名前を冠したのかは知らないけど、啓発されて日本でも「ウタマロ四重奏団」というのが出来たら楽しい。・・・かもしれないが、話は絵から離れて写真のフィルムに喩えたい。コダック社の「コダクローム」というスライド用のリバーサル・フィルムがある。プロ・カメラマンは印刷を前提とした写真を撮るため一般に使われるネガフィルムより、リバーサルを用いることが多い。その中でもコダックの「コダクローム」は落ち着いた色合いと粒子の細かさ、グラデーションの豊かさで最高級のフィルムとして知られている。しかし露出が難しく、三分の一絞り間違えただけで写真が台無しになってしまう難しさを秘めている。私も使ったことがあるけれど、ピタリと決まったときの美しさは素晴らしいが、とてもではないけど素人のレベルでは使いこなせないと解った。それ以来、私はフジクロームを使っている。このカルテットの良さは、まるでピタリと決まったときのコダクロームのようだ。

 初日の曲目はベートーヴェンSQ11番「セリオーソ」、ショスタコーヴィッチSQ3番、ドヴォルザーク六重奏曲。2日目はシューベルトSQ13番「ロザムンデ」、ヴォルフ「セレナーデ」、シェーンベルグ「浄夜」。見て解るように古典からロマン派、現代的作品まで多彩である。フェルメールSQの作り出す音楽は、一言で言うと大人の音楽。派手さはないしテクニックだけで勝負するようなSQではない。無論、美しい音色を持っているけどそれをひけらかすようなことはなく、落ち着いたコダクロームの色彩のようだ。そしてどの音楽にも適性を発揮する懐の深さを持っている。

 初日のベートーヴェンは音がステージ上で滞留していて耳に届かない、そんなもどかしさを感じて今一つだったけど、ショスタコーヴィッチからは特有の多面的な音楽を見事に再現。渋めのベートーヴェンから鋭角的なショスタコへと音色の使い分けも流石で、音楽に込められた悲しみや皮肉の表現も確かである。休憩後のドヴォルザークは今井信子とメネセスを迎えての演奏だったけど、「急造」の六重奏とは思えない水準を見せてくれた。今井信子はもとフェルメールSQの一員だったから「急造」ではないけど、すでに18年が経過している。メネセスは確か初共演のはず。6人の音色も統一感があってまとまりがよいけど、ウクライナやボヘミアの民謡をメロディの中に生かした曲は、第一ヴァイオリン・アシュケナージの腕の見せ所が多い。こーゆー曲だと実に美しい音でソリスト的な主張を織り込んで、音楽に花を添える。

 2日目はウィーンの音楽から。シューベルトの「ロザムンデ」はちょっとでも弛緩すると爆睡モードに突入しかねない危険性を秘めているけど、狭いラチチュードの中で豊かなグラデーションを広げてみせてくれる構成力は素晴らしい。初日のベートーヴェンがイマイチだと思ったのは、私の聞き間違いかと思うほど。ヴォルフの「セレナーデ」も良かったけど、シェーンベルグの「浄夜」は涙がこぼれんばかりの美しい演奏だった。「浄夜」が、この曲のテーマでもある「月夜」の静寂が実に美しく、とても世紀末的なロマンティックを秘めている。過度な表現をすると静寂を壊してしまう危うさの中で、6人のバランス感覚が素晴らしい。

 アンコールはブラームスの弦楽六重奏曲第2番の2楽章と、ドヴォルザークの六重奏曲2楽章。