鄭明勲=ロンドン交響楽団

(文中の敬称は省略しています)


●96/11/17 誰とは言わないがCDで聴くと面白いけど、ライヴで聴くとがっかりする指揮者も多い。 こーゆー演奏に出会うと、録音とライヴは別物なんだなぁ・・・と思うけど、 そんな訳で私はライヴで聴いた指揮者しか信用しない。 そんな私に最も好きな指揮者を3人挙げろと言われたら、迷わずゲルギエフ、サイモン・ラトル、 そしてこのチョン・ミュンフンを選ぶ。 3人とも40代前半の指揮者だけれど、その才能の豊かさはすでに日本公演で実証済みである。 特にチョン・ミュンフンはパリ・オペラ座の解任騒ぎで日本の新聞をも掲載されたりしたけど、 昨年のフィルハーモニア管弦楽団(FO)との来日では恐るべき才能を日本の聴衆に開示した。 ショスタコの6番、幻想交響曲、「マ・メール・ロア」などは記憶に残る超名演だった。 その再現を期待してサントリーホールに出かけたが、S・A席で若干の空席があったものの ほぼ満員となっていた

 イギリスのオケは、機能的には優秀、どんな曲でも平均点以上の演奏はする・・・ という印象を持っている。 しかし個性には乏しく、どうしても聴きたいという欲求を起こさせてくれない。 逆に言うと、指揮者次第でどーにでもなる訳だけど、 ロンドン交響楽団はイギリスを代表するオケだけにチョンの指揮にも敏感に反応するはずだ。

 曲目はプロコフィエフの「ロメオとジュリエット」。 座った席がLAブロック、ステージサイドだったため勝手が違うけど、 プロコらしい鋭角的な音が出ている。それ以上に素晴らしいのは音楽作りだ。 バレエ音楽はコンサート会場で演奏される場合、標題音楽となるわけだけど、 チョンの音楽は実にロマンチックで物語的だ。 ダイナミックレンジの広さ、曲に応じた音色の使い分けは見事としか言いようがない。 昨年の幻想交響曲もそうだったけれど、チョンは標題音楽に対しては純音楽的なアプローチではなく 物語性を重視した演奏をする。でも、それが決して音楽的なマイナスになっていないのが、 チョン・ミュンフンの良さだと思う。

 後半はサン=サーンスの交響曲第3番「オルガン付き」。 第一楽章後半、初めてオルガンが登場するあたりから、ぐぐっとテンポを落とす。 この曲では聴いたことのないくらいの遅さだ。 並の指揮者だとテンポを落とすと音楽が弛緩しがちだけど、チョンは音楽の密度は決して緩まない。 敬虔な教会の祈りにも似たアダージョは、この上ない美しさ。 第2楽章の壮大なフィナーレに至るまで、息を抜くシーンがないくらい見事な演奏だった。

 アンコールにはブラームスのハンガリー舞曲を演奏したけど、無段階変速装置をフル稼働したような テンポ設定。チョンのタクトは魔法の棒のようにオケを操る。 会場は熱烈な拍手に包まれ、オケがステージを去ってもチョンはステージに呼び戻されていた。 19日のドヴォルザークの8番と「巨人」も必聴!


●96/11/19 鄭明勲=ロンドンso東京公演2日目は、日本公演の最終日でもある。 平日公演なので、17日よりも空いているかと思ったら、残っているのはS券のみ・ ドヴォ8と「巨人」という人気が高い曲目のせいかもしれない。

 前半はPブロックでドヴォルザークの8番を聴いたので、音色などのコメントはしにくいのだが、 実にメロディーラインの美しい演奏。 なめらかでいて、音楽に合わせた起伏もメリハリがあって鮮やかである。 テンポは例によって遅い部分はより遅く、濃厚な味付けをしているのだが、 それが嫌みにならないのは鄭の美質のひとつだろうと思う。

 後半はマーラー交響曲第1番「巨人」は、正面の空席に移って聴いた。 例のよってかなり遅い導入部で始まったのだが、ちょっと音が大きめ。 さらに17日の演奏より各パートの音の分離が良くない感じがする。 ソロも決めも甘い感じがして、どうも緊張感が薄い。 第1、2楽章はちょっと期待はずれだったけど、これは私の期待しすぎの面もあるのかもしれない。 第3楽章に入って鄭の自在なテンポ設定が強まる。 遅い部分はさらにタメが入れて加速度的にテンポを上げていく方法が随所に見られる。

 音の分離は相変わらずイマイチ、ダイナミックレンジもppの磨き込み不足でffが生きてこない 感じもしたけど、大変面白い演奏であることは確か。第4楽章最後のコーダが終わると盛大なボラボー の声がかかる。個人的にはベルティーニ=ケルン放送響の「巨人」を上回る印象はうけなかったけど、 これはこれで良い演奏であると思う。 アンコールは17日と同じ。

 この来日公演で鄭明勲の評価も定着したと思うけど、 今後はぜひとも決まったポストを持って活動して欲しい指揮者である。 また日本のオケへの客演も実現したら嬉しい。 いつも聴いているオケからどのような響きを醸し出すのかを是非とも聴いてみたい。