朝比奈のブルックナー

(文中の敬称は省略しています)


●96/10/07 東京文化会館で行われた都響の定期演奏会で、楽壇最長老の朝比奈隆が振るブルックナー、しかも氏が最も得意とする5番(ハース版)である。

 私がコンサートに行き始めた頃は、朝比奈のコンサートは人気はあったものの発売日に即日完売と言うことはなくて、コンサート当日には空席もあったような気がする。それがいつの頃だろうか、朝比奈の振るブルックナーの演奏会はなかなか手に入らないチケットに変貌してしまった。 コンサート会場は「男」ばかり、終演後にオケも引き上げた後に朝比奈を呼びもどすのが恒例になってしまった。 このこと自体は別に否定することではないし、むしろ喜ぶべきことだと思うけど、演奏内容の善し悪しに関わらずに同じような反応が約束されてしまっているのは困ったことだと思う。

 私も朝比奈のライヴを聴いてブルックナーを好きになった一人で、思い出に残る演奏の多さではチェルカスキーに次ぐくらいだ。でも一時期の演奏にはかなり幻滅した。 去年か一昨年か忘れたけど、都響でブラームスの4番を振ったとき、後半に進むにつれてテンポが遅くなり音楽が弛緩していく姿を見たとき、もう良い演奏は望めないかと思ってしまった。昨年だと思うけどNJPでシューマンを振ったときも、良くなかった記憶がある。今年、シカゴを振って、かなりの評判を博したらしいけどテレビ放送も見れなかったので、ホントかどうか半信半疑の状態だった。

 今日の演奏会場はもちろん満員。おまけに天皇皇后まで聴きに来たものだから、むさ苦しい警備が目障りになったけど、この日の演奏は最近の都響の中としては実に素晴らしいものになった。 第一楽章の出だしは、音が堅くテンポが異常に遅い。これでは9時を過ぎるのでは・・・と思ったほどだが、曲が進むにつれてテンポは正常に戻って音も次第に良くなった。かなりの練習を積んだと見えて弦はアインザッツが見事に揃い、テンションと音の密度は実に高い。管はフニャフニャした音を出したところもあって決して誉められた内容ではなかったけど、やる気には満ち充ちていて、充分に伝わってくる内容を持っていた。 第2楽章以降は朝比奈にしては速いテンポで、全曲では80分程度だっただろうか。第4楽章の最後の壮大なコラールでは、久しぶりに胸が熱くなった。

 コラールが響き渡って、一瞬の沈黙・・・、そして満場の拍手とブラボーの声。満点の演奏というにはほど遠いし課題も多い。でも朝比奈のブルックナーは決して満点である必要はないと思う。その音楽は打ちっ放しのコンクリートのようにむき出しではあるけれど、剛直な構造体として造形されていた。