ベルリン国立歌劇場「魔笛」

(文中の敬称は省略しています)


●97/11/15 旧東ドイツの歌劇場、ベルリン国立歌劇場(リンデン・オーパー)がに来日した。前回の来日は1990年、そのときはエアハルト・フィッシャー新演出の「魔笛」を見たけれど、ベルリンの壁が崩壊してからわずかという時期の来日と言うこともあって、旧東ドイツの経済的困窮を引きずった寂しい来日公演だったように記憶している。その2年後にはバレンボエムが音楽監督に就任し、新音楽監督の元で初めての来日公演となった。今回はアウグスト・エヴァーディング演出の「魔笛」、8年前と同じ演目だけに実力の変化が計りやすい演目だ。

 まずエヴァーディングの演出について。エジプトを舞台にしたオーソドックスな演出をベースにしているけれど、様々なアイデアを盛り込んで実に効果的な舞台を作っている。その最も顕著な例が、ピット前に作られた「前舞台」。その効果は客席との一体感を強めるだけでなく、第一幕でパミーノの肖像を見ながらタミーノが想いを歌うシーンでは、前舞台にパミーノを歩かせてタミーノの想像の世界を具現化したのは秀逸のアイデア。舞台装置は簡素かもしれないけど必要なポイントは押さえられていて、スピーディな舞台展開は見事。舞台が変わる時間をほとんど感じさせない。「魔笛」はさまざまな演出が考えられる演目だけど、これまで見た「魔笛」の中では最も素晴らしい演出だろうと思う。ただ随所で日本語を使って会場の笑いをとっていたけど、ちょっとやりすぎだと思う。

 歌手についても、全体的に高い次元でバランスがとれている。傑出した存在はザラストロを歌ったルネ・パーペ。前回の来日時には弁者を歌っていたけれど、こんなに良い歌手だったけ?って感じ。威厳と説得力溢れる歌唱で、このオペラの屋台骨を支えた。シュライアーは高名な歌手だけど、この日の顔ぶれの中では特に光っていたとは言えなかった。ちょっと違和感を感じたのが夜の女王を歌ったステファネスク。双眼鏡で見るととっても美人っぽいけど、若すぎてパミーナと並ぶとどちらが母親か解らない。せいぜい兄弟という感じで、説得力に乏しい。「夜の女王」と言うよりは「夜のおねえさん」と言った方が正しいだろう。アリアも、第2幕は良かったけど、第一幕は声が固くて歌いまわしもイマイチ。

 ヴァイグレ指揮の歌劇場管弦楽団は、ややざらついた木綿のような弦楽器が特徴的だけど、8年前と比べてテンションの高さは見違えるようだ。派手さはないけれど、指揮者のタクトに敏感に反応して、歌手にピタリと合わせる手堅い内容。演出に合わせたアクセントはつけても、決してきわどい表現にならないのが好ましい。全体的にみると、前回の「没落」的な来日公演と比べて生命感にみちた「魔笛」を聴かせてくれた。これまで見た「魔笛」の中では一番である。