ロストロポーヴィチの「戦争レクイエム」

(文中の敬称は省略しています)


●97/11/07 短期間に集中したNJPのオープニング・シリーズも、この「戦争レクイエム」で一段落である。墨田区は第2時世界大戦末期の東京大空襲で焼け野原になった歴史があり、その戦死者に対するレクイエムとしてこの選曲が進められたらしい。ブリテンは、聖書からラテン語の台本を用いたのはもちろん、第一次世界大戦で戦死した詩人ウィルフレッド・オーウェンの英語の詩も織り交ぜて、戦争の空しさと悲しみを音楽として具現化した。管弦楽とバンダ、オルガン、4部合唱、児童合唱、ソプラノ・テノール、バリトンの独唱を要し、全90分近くに及ぶ超大作である。この曲を聴くのは、何年か前に大野和士=東フィルの定期演奏会で聴いてから2回目。曲のイメージをすっかり忘れていたけれど、やっぱり馴染みやすい作品とは言い難い。テーマは重たいし、音楽的にも聞き易くはない。しかし聴き終わると感動と充実感に満たされる作品だ。

 その成果だけど、個人的にはこのオープニングの中では一番良かったと思う。管弦楽のテンションの高さや統率感では小澤に一歩譲るものの、オーケストラの自発性ではむしろロストロの方が高いかもしれない。ピアニッシモでも密度を失わないし、管楽器を中心に音の美しさが光った。独唱では小澤の「マタイ受難曲」でも名唱を聴かせたバリトン、クヴァストホフの説得力溢れる歌が素晴らしい。テノールのアンソニー・ロルフ・ジョンソンは、最初は声が堅かったけど、音楽が進むにつれてしなやかな声を聴かせてくれた。この男声ふたりは、主にオーウェンの兵士の詩を歌うことになるのだけど、過度の感情移入を避けて淡々とした中に詩のイメージを盛り込んだ。対してソプラノと合唱は、聖書のテキストを歌うことになる。ソプラノのマクワヤ・カスラシヴィリは、声量は十分だけどキンキンした声質は好きではない。晋友会合唱団は、特に男声が素晴らしい出来映え。

 あまり何度も聴きたいと思う曲ではないけれど、現代詩と聖書のテキストを採用し、その重なる部分と陰影となる部分が生み出すコントラストは効果的で、レクイエムとしては極めて意欲的、かつ異色の作品。大きな管弦楽を要する作品だけに、演奏機会は決して多くはない。このレベルで聴くことが出来る機会は貴重だろうと思う。