新国立劇場レポート

(文中の敬称は省略しています)


●97/10/15 「建・TAKERU」による波乱の幕開けとなった新国立劇場、上演から数日が経過したけれど、今思い出してもなかなか「凄い」作品でしたね。このオペラの出演者の中でも音楽と演出は不評で、他の問題と合わせて今後大きな問題になるかもしれない。「初演時の不評はつきもの」という考え方も、確かにあるだろうと思う。現在、レパートリー的に上演されている「椿姫」「蝶々夫人」「カルメン」などのオペラも、初演時には不評だったのは有名な話だ。当時としては斬新すぎるテーマをあつかったり、歌手がタコだったりしたのが不評の原因で、いずれも音楽的内容は極めて優れているオペラだった。しかしこのように見直された例は、これは例外中の例外だと思った方が間違いない。初演時に不評だった作品が、改訂、再演等によって見直される可能性はゼロではないとしても、生き残る作品の数の方が圧倒的に少ないのが現実だろうと思う。

 もちろん初演当時に好評だった作品でも、埋もれていく可能性は決して低くはない。クラシック音楽は、そのような試練を経た作品だけが生き残る極めて厳しい世界である。今回の「建・TAKERU」は、凡庸なモチーフと平板な音楽、建と弟橘姫の愛の場面すらない出来損ないの台本、たとえ愛の場面があったとしても魅力的(官能的)な音楽を團伊玖磨が書けるとは思えない。オペラとして必要な登場人物の人間像=人間関係がほとんど見えてこないというのは致命的欠陥。建と弟橘姫の愛情が希薄なので、第2幕で弟橘姫が海に飛び込む動機も唐突、海底で歌うアリアもぜんぜん説得力がない。一歩間違ったら「狂乱の場」にしか思われないだろう。これらのうち一つでも優れている部分があるのなら改訂の余地はあるかもしれないけど、はっきり言って無駄な作業だと思う。私は改訂の作業を軽視するつもりはないけれど、こんな作品に貴重な文化予算をつぎ込むのは、無駄の積み重ね以外のナニモノでもない。

 で、本題の新国立劇場のレポート。東京オペラシティ・コンサートホールは「新宿区西新宿」、新国立劇場は渋谷区本町」にある。両方の建物は同じ街区にあるのに住所がぜんぜん違うのは、両者の間にある通路が新宿区と渋谷区の境界線になっているためである。駅は京王新線の「初台」駅下車1〜2分。建物は素晴らしく立派である。エントランスから入り口に至るまでちょっと距離があるのが気になるけれど、広々としていて開放感がある。中庭にある池は無機質な感じが気になる。もう少し樹の緑が欲しい感じがしたけれど、幕間には開放され、ちょっとした息抜きが出来る。ホールの出迎えはサントリー・パブリシティ・サービスに委託された「シアター・アテンダント」だ。まだ、応対には何となくぎこちなさを感じるけれど、慣れれば改善されるだろう。ローズウッド色の高級感溢れる落ち着いたホールは、客席は1806席(車椅子8席)。オペラハウスとしてはちょうど良い大きさだと思う。かなり大編成のオケにも対応できるオーケストラピット、速やかな舞台転換を約束する4面舞台は、実に素晴らしい。私は愛知県芸術文化センターのこけら落としのサヴァリッシュ指揮ミュンヘン・オペラによる「影のない女」を新幹線に乗って見に行ったけど、舞台機構が演出の可能性を大きく広げることを実感した。あれと同様の舞台が東京に出来たのは、率直に嬉しいと思う。

 4階まである座席は、そのほとんどが舞台の方を向いているため、視覚が制限されることが少ないけれど、4階のバルコニーは後ろの方の座席になると、前の人の頭が邪魔になる。あと4階正面1列目だと、手すりが邪魔になるという意見も聞かれた。あと、舞台に向かって横向きのバルコニーもあるけれど、舞台は見難そう。私自身は座っていないので未確認だけど、みんな身を乗り出して舞台を見ていた。視覚的にベストだと思われるのは2階席正面。たとえ最後列に座ったとしても、ホールそのものの奥行きが少ないため距離感はあまり感じない。座席は横幅・前後とも十分なスペースが確保してあり、身長177センチの私でも不満はない。音響も、開館したばかりのホールとは思えないほどのレベルを獲得している。声楽をメインとしているため控えめな残響音、非常にクリアーで音のヌケも良い。定評ある東京文化会館の音に近いけれど、少なくとも私が座った4階バルコニーで聴く限り不満は感じなかった。まだ1回しか聴いていないので断定的には言えないけれど、開館当初でこのレベルだったら満足すべきだろう。

 あと気がついたのは、開演を知らせるチャイムの変わりに、ホール内及びロビーの照明の点滅を行う。照明の故障と勘違いした人もいるみたいだけど、海外のホールで良く行われている方法だ。個人的には是非とも採用して欲しい方法だったので好ましい配慮だと思う。ただ点滅の周期が短すぎるかもしれない。今回は見ることが出来なかったけれど、劇場内には舞台芸術をマルチメディアで紹介する「情報センター」や図書・資料が閲覧できる「資料室」、グッズを販売する売店、3階にはイタリアンレストラン「マエストロ」などがある。これらはチケットがなくても利用できる。総じて、ハードウエア的なレベルでは、非常に高い水準に達しているのは間違いない。問題は、この素晴らしい劇場に何を入れるか・・・ということ。この問題にはいささか悲観的にならざるを得ないのが悲しい。