チョン・ミュンフン=サンタチェチーリア国立アカデミー管弦楽団

(文中の敬称は省略しています)


●97/10/06 サッカーでは日本がカザフスタンと引き分けて、加茂更迭が決定、もはやジーコに期待するしかない。ジーコならサラ金のCMで「ひとりででき太」なんて言ってるくらいだから、日本代表を一人立ちするまで指導してくれそうな気がするけど、その一方で韓国はBリーグを独走し、フランス行きを事実上決定的にした。クラシックの世界でも、鄭京和はもとより、パリ・オペラ座で名を馳せた鄭明勲(チョン・ミュンフン)は韓国を代表する音楽家として来日を重ね、日本にも多くのファンを獲得している。数年後には、アジアで音楽界をリードするのは、日本ではなくなっているかもしれない。その鄭明勲は、意外にもイタリアのオケの常任指揮者に就任した。

 イタリアはオペラの国である。私がクラシックを聴くようになって、イタリアからはスカラ座やボローニャ歌劇場などが来日したけれど、シンフォニー・オーケストラの来日は珍しいことだ。またイタリアは弦楽器の国でもある。ストラディバリウスを始め、億単位で取り引きされている弦楽器のほとんどは数百年前に作成されたイタリア製である。ヴィヴァルディの「四季」で一躍有名になった弦楽合奏団「イ・ムジチ」をはじめ、イタリアのオケの弦楽器には独特の音がある。キラキラとして輝かしく軽やかな羽のような音は、イタリア特有のもの。先月から「管楽器の国」のリヨン歌劇場管弦楽団、「交響曲の国」のドレスデン・フィル、そして今日は「弦楽器の国」から来たローマ・サンタチェチーリア国立アカデミー管弦楽団を、鄭明勲の指揮で聴くことになった。個性的な3つのオケを、短期間で聴き比べができる珍しい機会になった

 しかし今日のプログラムはイタリアものではなくて、ベートーヴェン・プログラム。

 カシオーリは1979年生まれと言うから、まだ18歳のピアニスト。音の輪郭がしっかりしていて美しい音色の持ち主。音量もテクニックにも不満はないけれど、昼間の披露から爆睡モードに突入してしまった。オケのサポートも、イタリアのオケとは思えないほど艶がなく、各パートの音が分離しないのが不満。ピアノのアンコールは、ドビュッシーの前奏曲集第1巻第7番。

 休憩後は交響曲第5番。意外や意外、ベートーヴェンらしい音色が出ている。この音色はある意味では期待はずれなのだけれど、オケは鄭明勲のタクトに敏感に反応しようとしている。ただし、オケの音はやや粗雑でピアニッシモが磨き込まれた美しさは感じないし、弦楽器の音の密度が不足するためベートーヴェンらしい強靱な意志を感じるには物足りなさを感じる。ミラノ・スカラ座管弦楽団のような超絶的な巧さは期待していなかったけど、東京のオケと比較しても機能性には問題がありそう。

 アンコールはヴェルディの「運命の力」序曲で、これはまさに「水を得た魚」。これほどドラマチックで磨き込まれた演奏が出来るんだったら最初っからやれよなっ!って感じ。鳴りやまぬ拍手に応えて、予定外のアンコール?だと思うけどチャイコフスキー交響曲第6番「悲愴」の第3楽章。トランペットがヘロヘロになったのはご愛敬としても、極めて情熱的な「悲愴」だった。これは明日のメイン・プログラムだけに楽しみ。アンコールは良かったけれど、総じて言うと鄭明勲の演奏としては物足りなさは禁じ得ないし、どうしてこのオケの常任指揮者のなったのか解らない。メインプログラムを聴く限りは、オケはまだ鄭のタクトに反応し切れていないと思う。


●97/10/07 鄭明勲という指揮者は、インバルのように楽譜にある音譜をすべて忠実に再現しようというタイプではなく、音譜の中の重要な部分をつかみ取って、それ以外の音譜の再現にはあまり拘らないタイプのように思える。鄭明勲なりの解釈を加えた濃密な音楽の流れは、ツボにはまれば目覚ましい効果を生み出すけれど、ハズすと空虚でつまらない音楽となってしまう。今日のメイン・プログラムのチャイコフスキー交響曲第6番「悲愴」は、残念ながら後者の例となってしまった。

 まず「悲愴」のステージを見て驚いた。弦楽器は1stVn20人、2nd18人、Va16人、Vc14人、Db11人という巨大な構成! 管楽器・打楽器と会わせて、総計108人の大編成オケが登場したのである。弦楽器には東京都=ローマ友好都市締結を祈念して都響のメンバー9人が加わったのだけれど、「悲愴」の演奏でこれほど大編成の演奏に出会ったのは初めてだ。この人数でも整っていれば良いのだけれど、アンサンブルはちょっと雑めで、鄭の緩急をつけたタクトに追従できないためかパート毎のズレも気になる。音色は、ちょっと聴いただけではチャイコらしい音なのだけれど、メッキ張りなのがバレバレ。密度がないし、テンションがない。第3楽章以降は大編成が功を奏して、推進力溢れる演奏を聴かせてくれたし、4楽章は悲愴感と言うよりは激情が流れるようなドラマチックな演奏だったけど、内容の空虚さは一目瞭然。鄭明勲の評価は別にしても、このオケは彼の音楽を表現できるようなオケではないと思うし、鄭明勲もこのオケの魅力を十分に表現できるとは思えない。

 対して前半は、イタリア・オペラのアリア集で、若手ソプラノのアンナ・カテリーナ・アントナッチが登場。どちらかというとロッシーニ歌いのメゾ・ソプラノに近いような声質の持ち主。滑らかで柔らかい声でまずますの出来映え。管弦楽は後半のチャイコよりもはるかに素晴らしい水準で、イタリア的なキラキラした軽いタッチの音色が美しい。やはり餅は餅屋。曲目は以下の通り。

 アンコールはヴェルディの「運命の力」序曲