朝比奈=NJPのベートーヴェン

(文中の敬称は省略しています)


●97/09/25 朝比奈に対する人気は、年を追うごとに大きくなっている。私がコンサートを聴き始めた10年ほど前は、朝比奈といえども空席が目立つコンサートが多かった。しかし現在では、彼が登場するコンサートのほとんどが発売と同時に売り切れになる。齢80歳を超え、現代最高のブルックナー指揮者として名声を確立し、ブルックナー交響曲全集(選集)やベートーヴェン交響曲全集の録音、シカゴ交響楽団への客演など、その活躍は枚挙に暇がない。

 朝比奈はもしかしたら、日本国内の活動だけで名声を築いた最初のクラシック音楽家かもしれない。ずーっと昔に上海での活動歴はあるとしても、経歴を見る限り国内が活動の中心だった。シカゴへの客演も日本での活躍があったからこそだろう。それに対して、小澤征爾や若杉弘、内田光子、五嶋みどり、武満徹などは、海外での評価が確立し、それが日本に逆輸入された形で人気が高まったという側面が強い。このことは、未だにクラシック音楽の「海外信仰」が強いことを示しているのだけれど、朝比奈はこれを覆して人気を高め、この3月に行われたN響定期でNHKホールを二日とも完売にした。これほどの人気を誇る指揮者は、あまり思い浮かばない。

 今回はサントリーホールが主催の朝比奈指揮新日本フィルのベートーヴェン・チクルスで、全5回シリーズの最初のコンサートである。今回のチクルスは思ったより値段が高かったのでチケットを買わなかったのだけれど、知人の余ったチケットを購入することになって今回に限って行くことになった。ベートーヴェンの「エロイカ」を朝比奈で聴くのは3回目だけど、ハズレはなかった。ブルックナーほどではないけれど、期待度大のコンサートだ。

 まず交響曲第1番から。モーツァルトの時代の影響が残る曲との評価があるけど、朝比奈が振るとベートーヴェンの中期の色合いが多分ににじみ出てくる。もちろん曲の構造は初期の作品そのままだから、違うのは響きと奏法なのだろうけど、ベートーヴェンはその当初からシンフォニストとして確立していたのかもしれない。そんなことを感じさせる第一番の演奏だった。そして休憩後は、注目の「エロイカ」である。これが凄まじい演奏で、一言で言うと「遅い!」 第一楽章は普通のテンポに近かったけど、第2楽章「葬送行進曲」に入ってから聴いたことのないような遅いテンポで始まった。決してブレーキを踏みっぱなしのような遅さではなく、腰の座った遅さなのだけれど、これ以上遅いと音楽としては崩壊するギリギリだろう。オケの集中力がみなぎっていたため救われたけれど、一歩間違うと求心力を失いかねない。この遅さは第4楽章まで及び、総演奏時間は60分、もちろんこれまで聴いた「エロイカ」の中では最長記録である。整理された演奏ではないけれど、集中力がみなぎり、武骨でごつごつした感触と、大河のような延々とした流れが共存した演奏である。

 終演後には恒例のカーテンコールが延々と続いたけれど、はたして名演奏だったのか否か・・・判断が分かれると思う。個人的にはオケの集中力と音楽的な密度をキープした点は評価するけれど、あの遅さは必ずしも効果的だったとは言い難い。意図的に遅くしたというよりも、結果的に遅くなってしまったような印象である。聴き手としても、ライヴだったから集中力が切れなかったけど、これがCD化されて自宅で聴くとしたら、はたして最後まで聴けるかどうか自信がない。この日のステージにはマイクが林立していたので、またCDになるんだろうけど、この手の演奏は録音からは伝わらないような気がする。いずれにしても朝比奈=NJPのベートーヴェン・チクルスは始まった。次回は第5番がメインだけど売り切れ、それ以降はS・A券の一回券は残っているらしい。