小澤征爾=SKO「マタイ受難曲」

(文中の敬称は省略しています)


●97/09/07 演奏時間が正味3時間、18時に始まったコンサートは途中に休憩を30分を入れて、終わったら21時半だった。これほどの演奏時間だと、疲労感があるのが普通なのだけれど、今日の演奏はぜんぜん疲れなかった。信仰心がない私には難しい曲ではあるけれど、バッハの「マタイ受難曲」は宗教曲の中でも特別な曲であるらしい。私がナマで聴くのは3回目だけど、こんなに良い曲だと思ったのは初めてだ。良い演奏は疲労感を残さない、とても良いコンサートだった。

 故武満徹氏からオペラシティ・コンサートホールのこけら落としとしてこの曲を依頼され、小澤は用意周到な準備を重ねたらしい。日本語上演だったけどNJPを使って「マタイ受難曲」の演奏会を何度も行って、この曲への理解を深めていった。そのへんのことは礒山雅さんのホームページに詳しい。7日のコンサートはNHKに収録されるとともに、チケットを買えなかった人のために市内で大型スクリーンを使った生中継も行われた。つまりSKFの中でも、本番中の本番と行っても良い。

 この曲の編成は左右二つのグループに分かれるのだけれど、それぞれ弦は5-4-3-2-1、合唱はSp8、A8、T6、B6の編成で、コン・ミスは第一グループが潮田益子、第2グループが安芸晶子が務めた。弦楽器に関してはケント・ナガノの日と大幅に顔ぶれが変わっていたので、分担したのかもしれない。ソリスト、合唱は以下の通り。

 管弦楽は控えめで、決して出しゃばることがなかった。アンサンブルは精緻で室内楽的。もちろん、要所のツボは押さえていて、後半に進むにつれてドラマチックな表現も見受けられたけど、それが音楽の流れを阻害するようなことはなかった。木管にはホントに木製の楽器を用いたり、弦楽器は現代楽器にバロックの弓が用いられた。また合唱の東京オペラシンガーズも特筆に値する。暗譜で歌い通すこと自体は決して誉めるべきことではないかもしれないけど、3時間もの作品を全員が暗譜で歌い通すにはどれほどの練習を積んだのか容易に想像がつく。全員がプロの歌い手で構成された合唱団だけに巧いのはもちろん、この曲の聴かせどころであるコラールは実に感動的だった。

 ソリストでは、福音史家のエインズリーは明朗で引き締まった歌声の見事。イエスを歌ったトーマス・クアストフは、実に深い声で説得力抜群。彼は11月にロストロポービッチ=NJPでブリテンの「戦争レクイエム」を歌うらしいので注目である。シュトゥッツマンは、以前に都響で聴いたときよりも声の深みが足りないような気がしたけど、さすがに現代最高のアルトだけに 巧くまとめきったと思う。その他のソリストも、私が聴く限りではほとんど不満のない内容だった。

 正直に告白すると、小澤=SKOが「マタイ受難曲」を演奏するらしい・・・という話を聞いて期待はしていなかった。これまでのヘネシー・オペラで、オケを鳴らしすぎたり、歌手の呼吸と合わない演奏を聴いてきて、このような声楽を含む曲は小澤の芸風と一致しないような気がしたからである。しかし、その予測は良い意味で裏切られた。(演奏の本質には関係ないかもしれないけど、字幕スーパーの存在は、この曲への理解を深める上で大きな役割を果たしたと思う。)私は「マタイ受難曲」に関しては不案内なので、他の演奏と比較してどうのこうのと言える立場ではないけれど、きっとこれだけの内容を持った「マタイ受難曲」を聴ける機会は決して多くはないのではないかと思う。チケットの値段は高いけれど、東京での公演を聴ける人は幸せだ。