大野=東フィルの「ドン・カルロ」

(文中の敬称は省略しています)


●97/08/21 大野和士=東フィルが演奏会形式でオペラを上演するオペラ・コンチェルタンテ・シリーズ、その第14回目はヴェルディの「ドン・カルロ」である。全4幕で正味3時間かかる大作だ。平日の6時半から始まった公演の休憩は第2幕あとの20分だけ、終わったのは10時近くになってしまった。歌ったり演奏する方も大変だろうと思うけど、聴く方も集中力を維持するのが大変だ。

 演奏会形式で「ドン・カルロ」のような大作を上演するのは意欲的な取り組みだけど、内容も期待した水準を上回るものだった。まず傑出した存在感を示したのがドン・カルロを歌った市原多朗。さすがに日本を代表するテノールだけのことはある。引き締まった美しいテノールの歌声は、充分な声量でオーチャードホールを満たした。次いでエリザベッタを歌った緑川まり。いつもより声が枯れていたのは心配だけど、声量や表現力では随一のソプラノであることを示した。願わくば役柄を選んで、声を大事にして欲しいと思う。このオペラで一番の人格者ロドリーゴを歌った堀内康雄は、市原多朗との対比でちょっと見劣りしたところもあるけど、彼の実力としては充分な力を出し切ったと思う。宗教裁判長のホウ・カンリョンの緊張感と威厳に満ちた存在感と比べて、フィリッポ2世を歌った戸山俊樹は少し威厳が足りなかったし、エボリ公女を歌った寺谷千枝子もエリザベッタとの対比で分が悪かったけど、歌手全体の水準はとても良かったと言うべきだろうと思う。

 大野和士は国内では「リゴレット」「椿姫」を振ったけど、ヴェルディに関しては評価が分かれた。しかしこの「ドン・カルロ」は、これまで振ったヴェルディの中では最も良かった。もう少しダイナミックに振って欲しかったような気がするけど、歌手のことに配慮した結果としてちょっと控えめになったものだと思う。引き締まった弦楽器の美しさは東フィル特有のもので、ピットを任せたら日本最高のオーケストラだ。ホルンをはじめとした管楽器がイマイチだったけど、概ね満足できる水準だった。

 次回は、来年3月26日にヤナーチェクの「イェヌーファ」をチェコ語日本初演を行う。意欲的な取り組みと高水準な演奏が両立したシリーズだけに、聞き逃せない公演になりそうだ。