蔵粋(クラシック)という酒

(文中の敬称は省略しています)


●97/08/21 3日間ほど、福島県の会津方面に行って来た。この地方に行くのは初めてだけど、磐越西線の車窓から見えるのは、一面の田園風景である。畑らしいところは少なくて、青々した稲だけが一面に広がっている。米所・会津と言われるけど、この光景を見ると納得してしまう。そして稲作が盛んなところは、例外なく酒造りが盛んである。会津磐梯山に蓄えられた豊富で良質な地下水に恵まれていることもあり、会津には数え切れないほどの酒造所がある。その会津若松からちょっと離れた喜多方は、「喜多方ラーメン」で一躍有名になったけど、ここでも酒造が盛んで、駅から歩いて行ける範囲で何カ所も酒造所がある。喜多方の酒造所だと、市が観光に力を入れているためだろうか、酒蔵見学も快く応じてくれる。今回の旅行の目的のひとつがこの酒蔵見学で、喜多方にある3カ所の酒造所をまわってきた。

 その内の一つが小原酒造で、喜多方の駅から歩いて20分くらいのところにある小さな酒蔵である。店構えは、蔵が多い喜多方では特に目立つということもなく、看板がなければ見逃してしまうかもしれない古びた建物である。1717年創業というから、270年の歴史を持つ酒蔵だけど、酒造りにクラシック音楽を活用することで一躍有名になった。モーツァルトの音楽を、酵母に聴かせることでその働きを活性化し酒を熟成させるとのことだ。音楽を聴かせると牛の乳の出が良くなると言う話は聞いたことがあるけれど、モーツァルトが酒を美味しくするという話はにわかには信じがたい。この蔵で出荷する酒瓶の多くには「蔵粋」と書いてある。読み方は「クラシック」だ。人によってはただの話題作りかと思ってしまうだろう。はたしてその効果は・・・と思ったけど、試飲の前に蔵を見学させてもらった。

 この地方の酒蔵は「寒造り」と言って、冬にしか酒を仕込まない蔵が多いらしい。したがって蔵の中で作業をしているような光景を見ることは出来なかったけど、酒蔵の敷地は間口からは想像が出来ないほど奥行きがある。作業場には酒米を削る機械や洗米機が並べられて、その奥は、照明が落とされた貯蔵タンクが立ち並ぶ。酒造りのシーズンではないにも関わらず、とても清潔に保たれている感じがする。案内の女性の酒造りの説明が、酒の貯蔵にさしかかると、この蔵の最大の特徴であるモーツァルトの音楽にかかる。貯蔵所では、三菱ダイヤトーンの高級スピーカーが貯蔵タンクの方を向いて並んでいる。そのスピーカーからは「アイネ・クライネ・ナハトムジーク」が流れ、その後、音楽は映画「アマデウス」のテーマにもなった交響曲第25番に変わった。誰の指揮で、オーケストラはどこのものを使っているのかは解らなかったけど、静かな酒蔵を流れるモーツァルトの音楽は良く響くのが印象的だ。   

 さて問題は造り方より酒の味である。どのような造り方をしていても、酒の味に反映していなければ意味がない。私は新潟の「久保田」や「越の初梅」など、すっきりした端麗辛口の酒を好んでいるけど、「のんべえ」ではないので酒の味にそれほど通じているわけではない。つたない私の舌で味わった「蔵粋」は、私の好みに近い味だ。新潟系ほどではないけど辛口ですっきりした味わい、しかし酒らしい味はしっかりと残っている。特に印象に残ったのは大吟醸交響曲「蔵粋」(720ml 3,950円)。大吟醸の試飲は自動販売機形式になっていて、コインを100円入れると20mlでてくるお酒をお猪口に受け止める仕組みになっている。香りを味わい、口に入って喉を過ぎるまで、全く抵抗がない。モーツァルトの効果かどうか解らないけど、口当たりの良さは抜群だ。こんなお酒だったら、ついつい飲み過ぎてしまいそうでコワイ。まぁ、大吟醸クラスの値段を出せば美味しいお酒が出てくるのは当たり前かもしれないけど、大吟醸をこの水準で造るにはそれなりの技術を持っている証拠だろう。

 この小原酒造はホームページを開設していて、そこから注文も出来るようになっている。もし興味があったらどうぞ。決してモーツァルトで話題を狙っただけのお酒ではないことは間違いないし、しっかりとした伝統に立脚して丁寧にお酒を造っているのも間違いないと思う。