英国ロイヤル・バレエ「ドン・キホーテ」

(文中の敬称は省略しています)


●97/06/21-22 来日中の英国ロイヤル・バレエ(コペントガーデン)の来日公演で、ミンクス作曲の「ドン・キホーテ」。注目はなんと言っても21日に登場する現代最高のプリマドンナ、シルヴィ・ギエムで、この日のNHKホールの公演は発売当日に売り切れとなったらしい。バレエに興味がない人でも「ギエム」の名前は聞いたことがあると思うけど、百聞は一見にしかず、一度見れば人気の理由は解ると思う。完璧な技巧に裏付けられたバレエは、他のバレリーナと水準が明らかに違う。バレエはあまり観る機会は多くないので偉そうなことは言えないけど、文字通り現代最高のプリマドンナだ。

 さて、この「ドン・キホーテ」は、村娘キトリと若き理容師バジルの恋物語。ドン・キホーテやサンチョ・パンサは、ほんのエピソード程度に登場するに過ぎない。したがってキトリとバジルの出来が、舞台の出来を左右する。21日はそれぞれシルヴィ・ギエムとジョナサン・コープという第一キャストが演じたけど、これはもう素晴らしい舞台になった。ギエムのジャンプ力、滞空時間の長さ、回転の速さ、バランスの確かさ、何気なく自然に180度広がってしまう足とピンと伸びたつま先、どれをとっても非の打ち所がない。以前、東京バレエ団に客演したときに観た「眠れる森の美女」でオーロラ姫を演じたときには、テクニックは完璧な反面、動きがメカニックな感じがして表現力が追いついていない印象を持ったけど、この「ドン・キホーテ」では気丈でおてんばなバジルを見事に演じた。対するジョナサン・コープも見事で、スピード感あるテクニックは魅力的。ギエムへのアシストも、呼吸がピタリ。

 振り付けはミハエル・バリシニコフのもの(プティパ、アレクサンドル・ゴールスキーが原振付)を採用し、演出は芸術監督アンソニー・ダウエル、衣装と舞台装置はマーク・トンプソンによるもの。本来なら全4幕のものを3幕にまとめ上げた展開はスピーディでGOOD。舞台装置は簡素だけど、スペインの情熱的な赤と黒を多用した照明・衣装が素晴らしいので、全体のバランスが取れていて好ましい。コミカルな動きのガマーシュ(アシュレイ・ペイジ)を中心に、楽しい舞台に仕上がった。

 つづく22日のキトリはダーシー・バッセルが演じるはずだったけど、怪我のためデボラ・ブルに変更。バジルは若手のイキナ・ウレルーガ。結論的に言うと、ギエム&コープの舞台のあとでは明らかに見劣りしてしまう。特にウレルーガは、アシストも十分に出来ていない感じで、まだまだ荒削りすぎる。善意に解釈すれば、主役の急の変更で2人の息が合わなかったのかもしれないけど、これで初日と同じ料金じゃ割に合わない・・・、けど両日ともF席2,000円だから、ま、いっか(^_^;)

 さて、バレエはオペラとともに音楽と舞台の総合芸術といわれている。オペラの場合、「管弦楽」「歌手」「演出」の何れが優位なのか論争が起こることもあり、それぞれの立場がそれなりの説得力を持っている。しかしバレエの上演においては「舞踊」の優位性が確立しており、現代ものの場合に「演出」が優位になる場合がある程度だろう。しかし「管弦楽」はどの場合でも添え物に過ぎない。演出に合わせて曲順は入れ替わるし、場合によっては別の曲が挿入されたりカットされたり、・・・さらには勝手に編曲されたりもする。バレリーナの技巧に合わせてテンポはメチャクチャに歪められたりするし、ヒドイのは経費削減のためにオケを使わずにテープで上演されることすらあるのだ。海外のバレエ団が来日する場合でも、オケを随行させることは極めてマレ。クラシックのリスナーが、バレエの公演で音楽を楽しもうとするのはなかなか難しいことなのである。ミンクスの「ドン・キホーテ」は管弦楽作品としてみた場合、表面的で内容に乏しいため魅力のある作品とは言い難いけど、それでもナマの管弦楽で良い演奏だったらとても美しいと思うのだが・・・。

 この舞台はアンソニー・トワイナー指揮の東京フィルハーモニア管弦楽団。私は知らないオケだけど、NHKホールにしては音が大きかったので多分PAを使用していたのだろう。初日はバレエの伴奏として聴く限りはまぁまぁの演奏だったけど、翌日の夜の公演では金管がかなりへばっていた。前日ソワレの上にマチネ+ソワレのダブルヘッダーじゃ仕方ないか。