METの「ファウストの劫罰」

(文中の敬称は省略しています)


●97/06/13 サントリーホールで行われたレヴァイン=METの特別演奏会で、曲目はベルリオーズの劇的物語「ファウストの劫罰」、正味2時間を超える大作である。管弦楽の革命児ベルリオーズの作品だけに、様々な情景描写がリアルに描かれ、飽きさせることにないドラマチックな音楽となっている。その意味ではヴェルディ「レクイエム」よりも、「ファウストの劫罰」の方がレヴァイン=MET向きの曲目だろうと思う。

 しかし、6月に入ってレヴァイン=METを3回聴いて改めて感じたけど、このオケは音がでかい他は、ほとんど長所が見あたらないオーケストラだ。確かに個々の奏者のソロは確かな技術を感じさせるのだけど、それがアンサンブルに結びついていない。サントリーホールが割れんばかりの大音量は迫力満点だけど、音の美しさやアンサンブルという基礎が出来ていなければ虚しく聞こえてしまう。合唱団は私が聴いた3公演の中では一番良かったけど、誉められる水準ではないと思う。最後のシーンで登場する少年合唱(TOKYO FM少年合唱団)は「カヴァレリア&道化師」よりはマシだったけど、練習不足は明らかで水準が低すぎる。

 対して独唱は素晴らしい水準だった。特にマルガリータを歌ったオリガ・ボロディナは最高の出来で、声量も充分だし、情感も実に豊か、声の美しさだって申し分ない。メフィストフェレスを歌ったジェームス・モリスも狡猾な悪魔の役割にピッタリの歌を聴かせてくれた。ファウストのヴィンソン・コールはちょっと高音部で苦しさを感じさせたところがあったけど、実に美しい声だ。独唱陣に関してはこの上を望むことは出来ないレヴェルだと思う。

 しかしトータルな水準では、91年に来日したビシュコフ=パリ管弦楽団による「ファウストの劫罰」に遠く及ばない。このときはパリ管合唱団を引き連れての来日だったけど、とてもアマチュアとは思えない素晴らしい合唱だった。管弦楽もベルリオーズはお手の物だし、歌手もワルトラウト・マイヤーをはじめ素晴らしい演奏だった。

 METは確かに魅力ある歌劇場だと思うけど、結局、豪華な歌手や舞台装置に支えられた歌劇場なのだろうと思う。その豪華な歌手の登場を保証しているのが、METの潤沢な財政と言われている。ミラノ・スカラ座やウィーン国立歌劇場が比類なきアンサンブルを基礎として「世界最高の歌劇場」として評価されているけど、それと同じ基準を適用するとMETは数ランク下がってしまうのではないか。そんなことを実感したMET来日公演だった。