ジュリアード弦楽四重奏団 vol.4

(文中の敬称は省略しています)


●97/06/06 ジュリアード弦楽四重奏団のベートーヴェン・チクルスの最終日。51年の長きにわたって第一ヴァイオリン奏者を務めてきたロバート・マンにとっては日本での最後の公演であり、残すは7月にタングルウッド音楽祭の一公演のみとなる。今回のチクルスはジュリアードSQにとっては76回目のベートーヴェン・チクルスになるらしいけど、私はこのように連続してベートーヴェンのカルテットの接するのは初めて。通勤電車の中ではディスクマンで「予習」をしながら思ったのだけれど、これは素晴らしい「傑作の森」だ。ベートーヴェンの作品なんだから当たり前だ、と言われればそれまでだけど、一般に彼の代表作といわれる交響曲集や、ピアノの新約聖書とと言われるピアノ・ソナタ集と比べても一歩も劣らない。それどころか奥行きの深さ、心の襞に迫ってくるような内省的な音楽は、他に代わるものがない。よく「無人島に行くときにどの録音を持っていくか?」という問いがなされるけど、私なら迷わずベートーヴェンの弦楽四重奏曲全集を選ぶ。

 今回のジュリアード弦楽四重奏団のベートーヴェン・チクルスは、決して万全なものではなかった。それどころか技巧的な問題点が露呈して、ジュリアードが「表現したい音楽」と、ステージ上で「表現できている音楽」とのギャップが大きく感じられ、そのもどかしさで6日間が辛くも感じられた。残念ながら最終日の公演も、正直言って聴いているのが辛い部分が多かった。けれど、そのことがこのカルテットの歩んできた足跡までも否定してしまうことにはならない。 この日のカーテンコールでジュリアード弦楽四重奏団、そしてロバート・マンへの惜しみない拍手は、今世紀の室内楽演奏史におけるジュリアードの大きな足跡にたいして贈られたものだろうと思う。

 1993年9月13日、このカザルスホールで行われたジュリアード弦楽四重奏団のベートーヴェン弦楽四重奏曲第14番の名演奏は忘れがたいエピソードとともに記憶に残っているけど、今回の来日公演でも「第14番」は素晴らしかった。もちろん様々な技巧的な問題点を抱えていたとしても、この14番では奇跡が起こったかのように問題点が解消されていたように思う。ジュリアードは今後、第2Vnのジョエル・スミルノフが第一Vnに移り、第2Vnに新しい奏者を迎える。新しいアンサンブルの獲得は容易ではないかもしれないけど、またいつか、ステージ上の彼らを聴いてみたいと思う。