小澤=NJPの「魔笛」

(文中の敬称は省略しています)


●97/05/18 小澤=NJPのヘネシー・オペラ・シリーズの今年度の演目は、モーツァルトの「魔笛」、その初日の公演を見に神奈川県民ホールに行って来た。人気の演目と人気の指揮者、そして豪華な配役を得てチケットは売り切れ、会場は満員になった。

 「魔笛」という演目は、時代も場所も特定されていない童話的なオペラだ。あらすじはちょっと複雑なのでここには書かないけど、王子タミーノが、夜の女王の娘で「囚われ」の王女パミーノを助け出す物語で、誰が見てもそれなりに楽しめる演目である。モーツァルトも加わっていた秘密結社フリーメーソンの道徳観も加えられているけど、現代人が見ると女性蔑視的なセリフが随所に現れてそれがちょっと不愉快かも。今回の演出もデイビット・ニースで、舞台装置はサンフランシスコ・オペラからの借用である。

 まず演出だけど、オーソドックスなもの。原色を多用した舞台装置は簡素だけど、メルヘンチックで童話的。舞台の移り変わりが多い演目で、その装置の展開の間を持て余してしまったけど、それは仕方ないだろう。まぁ、可もなく不可もない演出だった。

 歌手で光ったのはパミーナを歌ったバーバラ・ポニー。清純で健気なパミーナを、滑らかで豊かな声量で見事に表現。演技力も申し分ない。王子タミーノを歌ったフランク・ロパルトも、この役柄である限りは不満のない水準。ただしこのオペラを引き締める役割のザラストロを歌ったポール・プリシュカは声が軽い上に声量に乏しくて、明らかに役不足。1991年にサヴァリッシュ=N響で聴いたクルト・モルと比較すると数段落ちてしまう。また夜の女王を歌ったスミ・ジョーも第一幕では声が十分に出きっていない感じで不調、第2幕ではちょっと盛り返したけど、彼女ならもっと高水準の歌唱が望めるはずだ。パパゲーノを歌ったマーク・オズワルドは、歌では素晴らしいものを見せたけど、演技力は不十分。ちょっと生真面目なパパゲーノという感じで、このオペラのピエロ的な役割は果たせなかったように思う。その他、パパゲーナや侍女などなどは文句なし。合唱の東京オペラシンガーズは、いつも通りの高水準を披露して見せた。

 このシリーズでいつも話題になるのは小澤征爾の指揮で、オペラを交響曲のように演奏する指揮に賛否両論だけど、これまでは管弦楽の位置づけが大きい演目を選んで上演してきた。今回の「魔笛」は編成も小さく、管弦楽的な意味では聴かせどころが多いとは言えないので小澤が振る意味も小さいんじゃないかと思うけど、やっぱり歌手の呼吸への配慮よりも交響曲的な振り方をしている部分も多かった。それに神奈川県民ホールの音響が、ぜんぜん響かないのでギスギスしたオケの音にかなり不満を感じてしまった。

 全体的に見ると十分に楽しめた上演ではあるけれど、これだけの配役を得ているのであればさらに上を望めたはずである。来年は5月にドビュッシーの「ペレアスとメリザンド」をデイビット・ニースの演出で上演するらしいけど、メリザンドにはテレザ・ストラータス、ペレアスにはドゥエイン・クロフト、ゴローにはホセ・ヴァン・ダムという「豪華」な配役である。神秘的で微妙な色彩感が要求される演目だけに、小澤のタクトの見せ所は多い。話題性だけに終わらない、高い水準の上演を期待したい。