小林研一郎のマーラー

(文中の敬称は省略しています)


●97/03/14 小林研一郎が日本フィルの常任に復帰して初めての定期演奏会(2日目)。個人的にコバケンは、あまり馴染みがある指揮者とは言えないのだけど、すでに名門チェコフィルの常任客演指揮者に就任し、さらに今日配られていたチラシによるとスメタナの「我が祖国」のレコーディングも6月に行われるらしい。録音レーベルがキャニオンというのが気になるけど、注目の指揮者であることは間違いない。

 コバケンはレパートリーが狭い指揮者で、チャイコの5番、春の祭典、マーラーの1.2.5番、幻想交響曲しか振っていないような気がするけど、そのレパートリーの範囲では非常に評価が高い。私はチャイコフスキーの交響曲第5番しか聴いたことがないけど、他の指揮者では聴けないコテコテの浪花節的な音楽が導き出される。演歌系の指揮者だ。

 今日の前半は、マーラーの「さすらう若人の歌」で、若手バリトンの青戸知が独唱。マーラーの交響曲第一番「巨人」にもモチーフとして引用されている曲だけど、青戸の独唱は実に見事! 若々しく艶がある声で、声量も申し分ない。柔らかい感じの声だからオペラなどでは威厳の要求される役柄は難しいかもしれないけど、この「さすらう若人の歌」にはぴったりの声だと思う。失恋、朝の野辺の明るさ、失望、激情、苦悩などの表現力も申し分なく、この先が楽しみな歌手。神経を配ったオケのサポートもGOOD!

 後半はマーラーの交響曲第5番。コバケンの音楽は、大枠を掴んで音楽の流れを重視するタイプで細部はオケの自主性に任せる感じ。対照的な指揮者といえばインバル。彼の演奏を聴くと楽譜が透けて見える感じがするけど、細部まで神経を張り巡らし極度のテンションを要求する音楽とは対照的だ。コバケンの演奏は開放的で、要所では思いっきりタメを入れて音楽に深呼吸させ、そして一気に爆発させる。これはこれで立派な演奏だと思う。

 この日の演奏で特筆すべきはトランペットやトロンボーンの金管群。日本フィルの金管ってこんなに巧かったっけ?って思うほどで、ホルンが第3楽章で転けた他は水準以上の力演だった。しかし金管が頑張った分、弦楽器はちょっと薄い感じになってしまった。もともと日本フィルはシルキーで軽やかな音が持ち味だから、金管はセーブした方が良かったかも。緻密さとか繊細さとかを求める向きには不満がある演奏かもしれないけど、第5楽章のフィナーレに突入していくときの燃えるコバケン節はホールを興奮の渦に巻き込むのには十分すぎるものだった。