藤原歌劇団の「マクベス」

(文中の敬称は省略しています)


●97/02/23 東京文化会館で行われた藤原歌劇団のヴェルディ作曲「マクベス」の公演。会場は日曜日ということもあって満員になった。「マクベス」は藤原歌劇団で9年ぶりの上演で、その時(88年)はシャーリー・ヴァーレットがマクベス夫人を歌って素晴らしい公演に仕上がった記憶がある。そして今回は、あの名指揮者の娘、フランチェスカ・パタネがマクベス夫人を歌った。

 「マクベス」というオペラは非常に良い音楽の割には上演回数が少ない。その理由は、マクベス夫人に求められる高い音域を歌えるメゾ・ソプラノが少ないということらしい。実際に聴いてみても、これは難役だと思う。かなり深い心理表現と歌い回し、ドラマチックな声が求められ、さらに高音域まで必要とされるのだから、並の歌手では絶対に歌いこなせないだろう。パタネは、強靱でテンションの高い声の持ち主で、コーラスの中でも彼女の声は突き抜けて聞こえてくる。だけど心理描写とかは希薄で、声が固く歌い回しがなめらかではない。音程もどうかと思うところがあり、マクベス夫人という人格を「歌」として結実させるのにはまだまだ時間が必要じゃないだろうか。余談だが・・・舞台姿は美しい人である。

 マクベスは堀内康雄だが、これも今一つ。幕のはじめの方は良い声なのだけど、進むにつれて声が出なくなってくる感じ。さらに野心者と小心者のコントラストが表現できていないのは不満だった。対して良かったのがバンクォーを歌った妻屋秀和と、マクダフの市原多朗。市原は9年前の藤原でもマクダフを歌ったけど、声の衰えはほとんど感じられない。第4幕、このオペラで一番美しいアリア「あぁ、父の手は」は、今日の最高のシーンだった。

 合唱に関しては、最近の藤原としては希にみる不出来で、冒頭の魔女たちの合唱の不揃いは酷かった。幕が進んでも改善されず、魔女のおどろおどろしさも表現できていない。その他の合唱はまぁまぁ。グアダーニョ指揮東フィルも冒頭は音が美しくなくぎこちない。幕が進むにつれて良く鳴るようになったけど、改善の余地は大きい。

 演出はヴェンチェンツォ・グリゾストミ・トラヴァリーニ。「マクベス」は舞台展開が非常に多い演目だ。本格的なオペラハウスなら4面舞台を持っているためスムーズな展開が可能だけど、舞台が一面しかない東京文化会館では舞台転換の度に小休止が入る。これでは集中力がそがれる。88年の別の演出家による「マクベス」の時は大規模な回転舞台を作ってスムーズな展開をしていたけど、それだと舞台の奥行きが活かせない欠点がある。今回のトラヴァリーニの演出はかなり工夫を凝らしていたけど、ハードウエア的な制約の大きさも感じたのは事実で、人がどたばた動き回るのがちょっと気に障る。舞台装置はいつものように豪華で美しいものだった。 

 歌手の問題もあって楽しめた舞台にはならなかったけど、「マクベス」はやっぱり素晴らしい作品だと思う。